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156 絆

 カジノが歓喜に湧く中、人混みを縫うようにして遼二(りょうじ)と共に鐘崎(かねさき)組の組員らが駆けつけてきた。彼らは遊郭街で用心棒の任務についていたのだが、カジノでの騒ぎを聞きつけて飛んで来たのだ。遼二(りょうじ)もまた、(イェン)と同様に周隼(ジォウ スェン)らがすっかり外濠を固めてくれていることを聞いていなかった。当然ながら驚いた表情で目を丸くしている。  そんな(イェン)遼二(りょうじ)に、二人の父親たちからは驚かせてすまなかったと謝罪が告げられる。 「すまぬな、(イェン)遼二(りょうじ)。事前にお前さんたちに計画を洩らせば、お前さんたちがここを護らんとする必死さが損なわれると思ったものでな。松健正(ソン ジェンジォン)殿にこの九龍城砦の現状を実感してもらうには致し方なかったのだ」  敵を狩るに当たってまずは味方をも騙す必要があったということだ。(イェン)遼二(りょうじ)も自分たちが地下街住民たちと生きるのに必死でいた間、こうしてファミリーや仲間たちがしっかりとフォローを進めてくれていたことに心を震わせた。 「ありがとうございます父上、兄上、そして皆さん。本当に……」  (イェン)はその間、何ひとつ出来ずにただ羅鵬(ルオ ポン)らの言いなりで過ごしてきたことを情けないと思っているようだったが、父の(スェン)はそれこそがここに住む人々の安全を何よりも尊重した素晴らしい行いだったと言って称賛した。 「(イェン)遼二(りょうじ)も非常に苦しい状況の中、この街の誰一人として被害を受けることのなく、しかもこれまで同様に経営を続けてくれた。本当によく持ち堪えてくれたと頭の下がる思いだ。我々の方こそ外濠を固めるのに一年もの時間を費やしてしまったことを詫びたい」  廟の建設などという屈辱的なことにも怒りを爆発させることなく、羅鵬(ルオ ポン)に従うことで住民たちの安全を第一に考えてきた。率先して労働に参加し、老いた住民たちにはなるべく負担がいかないようにと懸命に働いた。そんな(イェン)遼二(りょうじ)周隼(ジォウ スェン)からは(まこと)統治者たる立派な行いだったと称賛が贈られた。住民たちにとっても思いは(スェン)と同様だったようだ。誰しもが皇帝様や鐘崎(かねさき)様のお陰で自分たちは無事で今日まで生きてこられたと言って涙した。 「父上……皆、そんな、滅相もございません! 皆さんのご理解とご尽力があったればこそ、こうして生かされているのは私の方でございます。本当に……ただただ感謝でいっぱいでございます!」  九龍城砦地下街に平穏を取り戻せたのは統治者たるファミリーだけの力ではない。ここに住む一人一人が一丸となって心をひとつにできたからこそなのだ。それこそが何ものにも変え難い絆の証である。  暴力や恐怖によって人の心を根底から動かすことは出来ないのだということを誰もが身をもって体験した今、より一層素晴らしい遊興街としてこの先もずっと共に手を取り合い栄えさせていきたいと思う。以前にも増して固い絆で結ばれたこの街で、誰の心も清々しく、まるで天高く広がる秋晴れの如くであった。

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