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「カネ、おめえでも緊張することがあるのだな」
「焔 さんったら! そんなことを言っては失礼ですよぉ」
フフンと得意げに視線を送ってくる焔 とそれを嗜める冰 に、二人同時に茹蛸状態。
「ひ、人が悪いぞ焔 ! どこから湧きやがった」
せっかくのいいムードが台無しとばかりに遼二 が慌てふためく姿も珍しいことだ。
「湧いたとは失敬だな。俺たちはお前ら二人を心配してだなぁ」
未だ冷やかし続ける焔 の側では冰 がニコニコとやさしげな笑みで見守っている。二人とも、気落ちしているだろう友を励まさんと、わざと軽快な言葉じりや仕草を見せつつもその手には男娼らの為の線香が握られている。彼らもまた、亡くなった花香 らへの哀悼の意を示してくれるのである。その思いが嬉しくて、紫月 も遼二 もそっと瞳を細める――。
そんな互いの顔を見つめ合いながら、誰からともなく四人はやわらかな笑顔に包まれたのだった。
「さて、お前さん方にもいい塩梅に春がやって来そうな雰囲気だしな。そろそろ邸へ戻るとするか。警護に携わってくれた皆を労う為に真田 が張り切って晩膳を用意してくれているのだ」
加えて、鐘崎 組若頭の偽葬儀に参列してくれた地下街の民たちにもあれは下手人を炙り出す策だったのだと知らせる必要がある。
「今日明日の二日間はこの九龍城砦地下街全体を一斉の休日とすることにした。ここに生きる皆に此度の事件のあらましを報告し、安心してまた新たな日々を歩んでもらえるようささやかながら各所で晩膳を振る舞いたい」
幽霊騒動が勃発して以来、何かと不安続きの毎日だった地下街の者たち全員に焔 から贈られる労いの晩膳だそうだ。むろんのこと一箇所に全員が集まるには無理があるが、それぞれの街区の仲間たちと共に安心して卓を囲んで欲しいとの心遣いである。
「そっか――。皇帝様の気遣いに皆んなも喜ぶことだろうな。俺たちも――久しぶりに心置きなく晩飯にありつけるな、遼 」
「そうだな」
紫月 も遼二 も焔 の大いなる計らいに感謝を示すと共に、穏やかに互いを見やった。
「では参るか」
「はい、焔 さん! 僕も早く戻って真田 さんをお手伝いしないと!」
今頃は大量の炊事に四苦八苦しているだろう真田 や厨房の者たちを少しでも手伝いたいという冰 は相変わらずに心根のやさしい嫁である。紫月 も遼二 ももちろんのこと是非手伝わせてもらいたいと言ってうなずいた。
ここしばらくは満足に飯も喉を通らない日々が続いていたからなと、四人揃って邸へと向かうべく歩き出す足取りは軽やかだ。焔 は当たり前のように冰 に腕を取らせて仲睦まじく歩く。そんな二人の後をついて歩きながら、遼二 はソロソロと遠慮がちに手を差し出した。
(なあ、俺たちも手を繋いで帰らねえか……?)
そんな心の声が聞こえてきそうだ。ふと視線を上げれば薄紅色に染まった頬を精一杯隠さんと、わざとソッポを向くように視線を泳がせている男前の横顔に気付いて、紫月 は遠慮がちに触れられているその手を力強く掴み返した。
「ほれ! 行こうぜ遼 !」
握った手をグイと引っ張っては勢いよく駆け出して焔 らを追い抜きにかかる。朗らかに笑んで走る紫月 の頬にも幸せの紅色が差していた。
な、花香 、星海 、翠萌 。
俺たちはこれからも皆で力を合わせて精一杯生きてくぜ。
だからお前さんたちも天国から俺たちの生き様を見守っててくれな!
そんでもって、いつか――いつかまた会える日が来たら。
その時は皆んなで手を取り合って笑い合おう。
それまでお互いにがんばるべな!
数々の苦難を乗り越え、酸いも甘いもを胸に抱いてこの先の未来を歩んでいこうと決意する紫月 ら四人の逞しくもしっかりとした足取りが、互いに信じ合う絆を体現しているかのようだった。
春まだ浅い九龍城砦地下街に、どこからともなく聞こえてくる春告鳥の美しい鳴き声が微笑んでいるような気がした。
第六章 - FIN -
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