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「俺だって同じだ。おめえが……椿楼に寄ってくれんのをいっつも待ってた……。おめえは……皇帝様の懐刀としてこの街の皆に認識されてる。遊郭街の用心棒でもあるわけだから、いつどんな用事で呼びつけても当然だ――なんて尤もらしい理由をつけてさ、些細なことでもおめえを頼って呼び出して――。おめえが訪ねてくれんのを毎日ソワソワしながら期待して……待ってたんだ」  けど、俺もはっきりとは言葉で告げる勇気がなかった――。 「漬け物と味噌汁を作った時だってそうだ。おめえが日本の味を懐かしがってるだろうからなんて――尤もらしい理由で誘ったけどよ。ホントはおめえが喜んでくれる顔が見てえって、ただそれだけだった。ああいう理由なら……呼び付けてもおかしくねえだろうからって、そんなふうに思ってて」  ただ単に好きなヤツに何かしてやりたい、そういう自己満足の裏返しに過ぎない。お前に会う口実を探していただけなんだ――。 「……(ズィ)……(ユエ)」  しばしそうして見つめ合ったままの二人の耳に、どこからともなく朗らかな笑い声が聞こえてくるような錯覚が包み込んだ。 『(あに)様、良かったですね。ようやくご自分のお気持ちにお気付きになられた』 『(わか)様も! さあ勇気を出されて目の前の大切なお人にお気持ちを告げられてくださいまし』 『お二人で手を取り合って、私たちが生きられなかった未来を素晴らしいものにしていっておくんなさい! それが私たちの何よりの願いですよ』  自分たちを取り囲むように満面の笑みを讃えているのは亡くなった男娼らの姿――。むろんのこと幻影には違いなかろうが、二人にははっきりと彼らに姿が見えるようだった。  (あに)様、(わか)様、どうかお倖せになってくださいまし! そんなふうに言ってくれているかのようだった。 「――幻……か?」 「……(りょう)、おめえにも見えるのか?」 「ああ……。おめえや冰によく似た感じの綺麗な若い男が三人――。一人は先日亡くなった翠萌(ツィーメン)だよな?」 「そっか。おめえにも見えるんだな。うん、そう――こいつらは皆、亡くなった男娼たちだ。花香(ホアシャン)星海(シンハァイ)翠萌(ツィーメン)」 「皆――穏やかな顔つきをしているな。幸せそうに笑ってる」 「ん、天国から俺らを見守ってるって言ってくれてるみてえだ」  ふと、紫月(ズィユエ)が三人に向かって手を伸ばすと幻影は静かに消えて見えなくなった。  宙で行き処をなくしたその手にそっと遼二(りょうじ)の手が重なる。 「(りょう)……」 「相変わらず――綺麗な手だ。初めておめえを見た時そのままの」  白魚のような手だ。 「な、紫月(ズィユエ)――。俺ァ、この手をいつまでも繋いでいてえ。ずっと離さずに生きていきてえ」 「(りょう)……」 「――迷惑……だろうか」  重ねた手に少し力を加えては、真剣な眼差しで見つめる。 「……迷惑……なわきゃねえべ。俺だってさ……」 「本当か? 本当に迷惑じゃねえか?」  逸った視線で食い入るように見つめると、しばし大きな瞳をクリクリと泳がせながら紫月(ズィユエ)は照れ臭そうに唇を尖らせた。 「迷惑だったら……とっくにココに一撃見舞ってるし!」  遼二(りょうじ)の逞しく割れた腹筋目掛けて軽い拳骨を繰り出す。少し拗ねたような素振りは照れ隠し以外の何物でもないだろう。 「……そうか。そうか、良かった」  安心した途端に力が抜けてしまった――そう言いたげに遼二(りょうじ)は大きな深呼吸と共にホッと肩を落とした。  と、そこへ後方から朗らかな笑い声が聞こえてきて、二人同時にハタと振り返った。なんとそこにはニヤニヤと冷やかし顔を携えた(イェン)と、その腕にちょこんと手を添えながら遠慮がちに頬を染めている(ひょう)の姿――。

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