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第24話

信号待ちをしていると前から佐藤弁護士が歩いてきた。 先日居酒屋で少し挨拶を交わした程度だったので、むこうは覚えていないかも知れない。 声をかけるか迷っていたら、あちらから挨拶してきてくれた。 時間があればお茶でもしませんか、と誘われたので『いいですよ』と近くのカフェに入った。仕事中ではあったが、帰りは急がないので問題ない。 店内は空いて自由に席を選べた。 窓際は直射日光がすごそうだからと、佐藤弁護士と奥のテーブル席に座ることにした。 「たまに、時間を見つけて外で休憩するんです。職場だとなかなか休めませんので」 そう言いながら、彼女はアイスティーを上品に飲んだ。外の暑さを感じさせない爽やかな雰囲気が清潔感と共に、エアコンの風に乗って漂ってくる。本当にキレイな人だなぁと見惚れてしまった。 河合さんと同じ会社だったという事は、間違いなく堂本さんの同僚だ。 少しでも彼の話が聞けるかもしれないと、小狡い考えもあった。 思いもよらず、彼女の方から堂本さんの話が出てきた。 「そういえば、うちに堂本という弁護士がいるのですが、そちらの事務所に知り合いがいると言っていました。ご存知ですか?」 「あ、それはもしかしたら自分のことかも知れません」 「女性の方だと……思うんですけど?」 「え、と……だとしたら、河合さんかな?」 「いえ、なんていうか……ここだけの話。恋人が働いていると言っていたような気がしますから」 「あ、え、そうなんですか。そうなのかな……ははは」 へたな嘘は墓穴を掘る。朔也はひとり、おどおどしてしまった。 「ごめんなさい。もしかしたら……恋人というのは、その……青木弁護士のことだったりします?」 手が滑り、ガタンとアイスコーヒーをこぼしそうになった。佐藤弁護士はスルドイ。 これでは丸わかりではないか!なんとしても、彼の名誉のためにも嘘を突き通さなければ。 朔也焦った。 佐藤弁護士はふふふっとふんわり笑うと。 「大丈夫です。弁護士には守秘義務がありますから。それに今の時代同性の恋人なんて珍しい訳では無いですからね」 優しく言ってくれた。 なんて良い人なんだと朔也は思った。やはり弁護士である以上信頼は大事だ。 バレバレかもしれなかったが、恋人であるという問いの答えを、朔也はそれとなくはぐらかした。 ふと彼女の耳を見るとピアスが光っていた。赤い石が付いたものだった。 急に先日堂本さんの部屋で見つけたピアスのことを思い出す。 僕の視線が気になったのか耳たぶを押さえながら佐藤弁護士が「何か?」と言った。 「いえ、その赤い石の入ったピアスは、女性に人気があるのかな……と思いまして」 「これですか?これ……はどうかわからないですが、パワーストーンの括りで、ガーネットは女の子に人気のある石です。忠実、勝利、貞操、真実って石言葉があるんです」 「スピリチュアル的な……なんかそんな感じで好まれるってことですか」 「そうですね。でも、"貞操"ですよ。恋人に対して『あなた以外と関係を持たず、純潔を守ります』みたいな意味があります。嫉妬深い女の人が好んでつける気がしますね」 私は単純に赤い色が好きだからですけど、と笑いながら説明してくれた。 嫉妬深い女の人があの部屋で堂本さんと深い付き合いをしていた。 最近のことではないだろう。マットレスの下にあるなんて、大掃除でもしない限り誰も気づかない。めったに見ない場所だから。 多分昔の彼女とか、そういう人の忘れ物。 「女性へのプレゼントを考えているんですか?もしかしたら……青木先生は女性と付き合いたいと思ってらっしゃるとか?こういってはなんですが、やはり同性同士だと不毛ですものね……出世を考えるんだったら、男性は結婚して家庭を持つ事が一般的。古い考えかもしれませんが、社会的なイメージは大事ですよね」 先程とは違った意見に耳を疑った。 やはり、内心は同性愛に対して不快なイメージを持っているのだろう。 気の毒そうに言われてしまうと、自分の間違いを指摘されたようで落ち込んでしまう。 彼女に悪気はないだろうけど、ショックだった。 自分の将来がどうこうではないが、堂本さんの将来を考えると、彼の邪魔にはなりたくない。足枷になってしまうのは不本意だ。 「まぁ、その……まだそんな、完全にお付き合いしているとかではなくて、ただの気の迷いみたいなものかもしれなくて。堂本さんは女性とも付き合える方ですから」 堂本さんがゲイだとか、変な噂が回ってしまっては大変だ。朔也は付き合いを認めてしまう事への脅威を感じた。 彼女は、勿論ですよ。分かっていますと頷いた。 「別に偏見や差別的な意味合いではなくて、まだ日本は、そういった付き合いに対する寛容な考えを持つ社会ではない。遅れているという意味です。それを変えていくのが私達の仕事でもあります。翔平君と青木先生の事はプライベートなことですから、他言はしません。ご心配なく」 はははっと笑って朔也は相槌をうった。 翔平君……ね…… ーーーーーーー 朔也の様子が変だということは気がついていた。だけど、それが何なのか。 『なんかあった?』とか『話したいことがあれば聞くけど?』とか。 まぁいろいろ投げかけてみたが、『何でもない』という返事が返ってくるばかり。 部屋にも仕事が忙しいと言ってあまり来なくなった。朔也に何かあったことは間違いないが。 河合さんに聞くしかないか。 先日一緒に飲みに行くと言っていたから様子を聞いてみれば分かるかもしれない。 恋人の気持ちを人を介して知らなければならないなんて情けない。 堂本はPCモニターの電源を落とすと、深いため息をついた。 職場には、もう誰も残っていない。 堂本はスマートフォンの電源を入れて、朔也の居眠りをしているところの写真を眺めた。 あまりの可愛さに、こっそり撮って保存してしまった物だ。 8月の休みは一緒に旅行でもと考えていたが、早いうちに計画を立てて予定を組んだほうが良さそうだ。 海だよな……沖縄とか行くか。 海外はどうかな。遠すぎると疲れるな。あいつは海外は行ったことあるのかな? パスポート持ってない可能性あるな。 人差し指で画面を突きながら居眠り画像の朔也に、話しかけていた。

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