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11.不器用な優しさ
予告通り自室に春真を引き込み、ベッドに放り込む。
流石に戻って来るまでの間で冷静になってしまうかと思ったけれど、そんな事はなかったようだ。大人しく組み敷かれている身体は火照ったままで、触れればとろんとした瞳で反応を返してくる。
キスをして、抱き合って、肌の感触に微睡みながら夜を明かす。明日は土曜日で学校もない。このまま休みも堪能しようかと思って眠りについた。
……が。
ピンポーン。
腹立たしい事に、玄関の呼び鈴が鳴って目が覚めた。
この早朝に自室のインターホンを鳴らせる度胸があるのは数少ない人間しかいない。鳴らしている人物の見当もおおよそつく。応じれば面倒なことにしからならいことも予想できる。
そこまで考えて、今は無視を決め込む事にした。
しかし。
ピンポーン。ピンポーン。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
ピンポーン。ピンポーン。
……ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
「うるっっっっさい!!!」
嫌がらせの様な呼び鈴の連打に、微睡みに沈もうとしていた頭が一気に現実に引きずり戻される。
ここまでしつこいのは一人しかいない。恐らく最も面倒くさい奴がやって来ているであろう事が確定した。
同じくインターホンの音に目が覚めたらしい春真に服を着るよう伝え、昨日脱ぎ散らかした服と使った道具を目に入らないよう片付けて。イライラを抑え込むこともしないまま玄関に向かった。
「一体どういうつもりだ仁科儀」
「それはこっちの台詞だ」
予想通り、ドアを開けた先には藤桜司が立っていた。
無言で昨夜の余韻が残る部屋に遠慮の欠片もなく上がり込み、視線が合ってびくつく春真を一瞥してはぁっと溜息を吐く。
その顔のままドカリとソファのど真ん中に腰を下ろして、足と腕を流れるように組んだと思えばギロリとこちらへ視線を向けてくる。普段は優雅に優雅にとうるさいくせに、今の姿には優雅さの欠片もない。
「学舎の廊下を事に及んだ後ですと言わんばかりの姿で歩くとは、一体どういう了見だ。学生の身分で破廉恥な」
あながち否定できない状況だった手前、春真と二人同時に藤桜司から視線を逸らす。
服はぐしゃぐしゃで春真もふらふらとしていたから、人目に触れずこっそりと戻ってきたつもりだったのだが……やはり誰かの目には触れていたらしい。
それもよりによって副会長の耳に入るとは。まったくついていない。
藤桜司はαだが色のある話を好まない。ヒートのような生理現象なら致し方ないと理解を示すスタンスではあるものの、それ以外は口頭注意と手足がほぼ同時に出る。人前ではキスですら尻を蹴り上げられるほどだ。
……本当に一体誰だ、わざわざ生徒会に告げ口したのは。
とりあえず、訂正すべき所はしておかなくてはならない。このままでは小一時間はうだうだと小言が続いてタイミングを失ってしまう。
「言っておくが、校舎を歩いていたのは中断した後だ。最後までしたのはこの部屋だからな」
「そんな事は聞いていないんだよ大馬鹿者!」
そうは言うが、学内で致したとあれば当たりが絶対零度になるくせに。
去年在学していた艶っぽい話に開放的すぎる先輩へ、卒業まで冷たい目で睨み続けてこれ以上ない程に雑な対応をしていたのを未だに覚えている。あの人はあの人で特に気にする様子もなく卒業していった猛者だったが。
流石に、今の生徒会であの態度を取り続けられるとやりづらくて仕方がない。恐らく何をやったんだという視線が、こちらに向かって突き刺さってくるだろうから。
「まったく……派手に痴話喧嘩をしたと思えば仲睦まじく風紀を乱して、どういうつもりなのかと聞いているんだ」
「雨降って地固まるというやつだな。しばらく触れていなかった分止まるのに必死だった」
むしろフェロモンが引いて我に返った自分を褒めたい。そのまま最後までいっていてもおかしくはなかった。
「貴様……よくもいけしゃあしゃあと……」
深く溜め息をつき、藤桜司はこめかみを押さえながら肘掛けにもたれかかる。呆れて言葉も出ない、と言いたげな顔。上手く怒る気が削げてきてくれたようだ。
「……今回は迷惑をかけて申し訳なかった。後始末までさせてしまったな」
こういう時は素直に謝るに限る。迷惑をかけたのは事実なのだから。
本来は親衛隊の方へ先に感謝と謝罪をしに行くべきだが、先に部屋まで押し掛けてしまれては仕方がない。藤桜司には機嫌よく仕事をして貰わなければ。
しかし。
「何だ急に、気色悪い。まだ何かやらかしているのか」
日頃の行いか、向けられたのは疑心に満ちた視線。散々な言われように苦笑するしかない。
「感謝しているだけなんだが」
「貴様の感謝など要らん。胡散臭い言葉よりも働いて返せ」
その言葉に、少しの間反応が出来なかった。
不安定になって手間をかけさせたのは今回だけではない。春真とパートナーになる時もなかなかに騒がせた記憶がある。
生徒会長の不手際を被るのは副会長だ。今年に入って何度か繰り返しているのもあり、そろそろ不適格の烙印を押されてしまいそうだと思っていたのだけれど。
「……そうだな。一層精を出すとしよう」
「そうしてくれ。途中で放り出されては困る」
幸いな事に、未だ見捨てられてはいないらしい。
かけられた情けには、もう少し恩返しをしようじゃないか。
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