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10.口移し
春真をドア側の壁にもたれるように座らせ、親衛隊の忠告通りにドアの鍵を全て閉めた。
窓とカーテンも閉じて二人だけの空間が出来上がり、春真の膝に跨がる。満を持して手を差し出すと、キョトンとした視線が向けられた。
「ほら、薬」
「あ……えっと……これ」
おずおずと渡されたのは錠剤がひとつだけ残っている橙色のシート。
ふと印字されている文字を見ると、いつの間にか最初の頃に飲んでいたものより少し強い効能のものに変わっている。少しずつ体質が変わってきているのだろうか。
もしかすると予防活動でフェロモンを浴びているのもあるかもしれない。やはり無理はさせられないなと思いつつ、最後の一錠を取り出した。
「そうだ、俺はいつもの道具を持っていないから」
「あ、水か。道具ならオレが持っ」
春真はいつもの調子で手際よく腰に付けたポーチから道具を出そうとする。それを遮って顎を左手で掴み、黙らせた。
ぐっと顔を近付けると、後ろへ下がろうとしたのか春真は壁に後頭部をぶつけて小さく呻く。既に壁にもたれている状態だというのに何をしているのか。
「……飲み下す時の水分は唾液でいいな?」
「っ……!」
低く囁いて唇に軽く口付けると、目の前の喉がごくりと音を立てて上下に動いた。
膝立ちの姿勢で春真の顎をすくい、手の平に転がしていた薬を口元へもっていく。普段は自分より背の高い春真を見上げる事が多いせいだろうか。少し優越感を覚えてしまう。
にんまりと緩む頬を戻せずにいると、何処か緊張した様子でじっとこちらを見つめている黒い瞳と視線がかち合った。
「……口開けろ。ほら、あーん」
「あー……んぐ!」
そろりと開いた唇を塞ぎ、口に含んでおいた薬をころんと放り込む。何度も何度も口付けて、薬を奥の方へと押し込んで。縁から溢れてしまわないように出来るだけ口を密着させ、唾液が出るだけ流し込んだ。
「ン……っ、ん、ぅ……」
春真の口内に溜まる二人の唾液を混ぜるついでに舌先で内側を撫でてやると、上着を掴む手にぎゅうっと力が入る。段々と呼吸の隙間から溢れてくる声に甘さが混じって、いつの間にか微かに喘ぐような声に変わっていく。
「は……っぁ……ふ、ぁ、むぅ…………ッ、な、がいっ……」
「薬が詰まっては困るだろう?」
「ん、ぅっ」
笑いながら再度口付けると、ん、ん、と鼻から抜ける様な甘ったるい吐息が溢れてくる。
その声が思考を痺れさせて、繰り返し口付けては唾液を混ぜる行為を繰り返した。久しぶりにキスができたせいもあるのか、どうにも歯止めが利かない。
「っく、薬の前に、っ……窒息する……んっ!」
段々と口の端から二人の唾液が溢れていくようになって、こもっていた甘い声も荒い呼吸と一緒に溢れ落ちるようになっていった。
「ふ、ぁ、ふ……んんッ、ぅ……んぁ……」
濡れて艶を纏った唇からぽたぼたと液体を滴らせているその姿に、ハッキリと分かる程に体が熱くなっていく。
酸欠で潤み、とろんと溶けかけた瞳。熱っぽい視線に見つめられて、背中をぞくぞくとした刺激が駆け上がっていった。
「……すっかりぐしょぐしょになって」
「だ、れの、せ……だよ……」
「ふふ、俺のせいだな」
春真の腕に引き寄せられて、膝の上に座り込む。じいっと見つめられたと思えばすぐに唇が触れてきて。
短く何度も触れては離れていくキスに浸っていると、甘い匂いが一気に強くなっていく。その香りに包まれて、ハチミツのような甘さを帯びた呼吸が鼓膜を揺らし始めた。
いよいよたまらなくなり、春真のタイを緩めて取り去る。シャツのボタンを外して露になった目の前の首筋からは、また一段と強い香りが沸き立っていた。引き寄せられるように肌へ顔を埋めて、頬をすり寄せて。
そこまでいくともう、僅かに残っていたはずの理性は霧散してしまっていた。
肌のあちこちに触れて、口付けて、何度も抜きあって。そろそろ限界がきそうになった頃になって、ようやく薬が効いてきたようだった。
あれだけ纏わりつくように香っていたフェロモンの気配が潮が引くようにかき消えていく。すると段々と頭の痺れが取れていって、春真の首筋にずっと埋めていた頭を持ち上げる。
「……匂いも落ち着いたか。そろそろ戻ろう」
「こ……ここで止めるとか鬼すぎ……」
散々イって完全に体がその気になっている様子の春真は、じとりと恨めしげな瞳を向けてくる。
そんな顔をされるとすぐにでも押し倒したくなるので控えて欲しい。また記憶を飛ばして襲いかかってしまいそうだ。
湧いてくる煩悩を何とか抑え込んで、春真のベルトに着いている予防活動用のポーチから精製水のウエットティッシュを取り出した。欲で白く汚れた身を拭って、服を元通りに整える。
「続きはベッドの上でゆっくりと、な。ゴムも足りないし」
「……っ」
耳元で囁くと、ひくりと春真の体が揺れた。顔を覗き込めば真っ赤になっている。発言の意図を正確に理解して貰えたようで何よりだ。
一応、ゴムは意図せずフェロモンに当てられた時のために常に一つは持っているけれど。今まで週に二日触れていたのが、しばらくご無沙汰になっていたのだ。誤解とはいえ悶々としていた事象も解決したことだし、手持ちの分で治まるとはとても思えない。
新しく出したウエットティッシュで手早く春真の身体も拭って、乱してぐしゃぐしゃになってしまった服を整え直す。ふと春真のナカから溢れ始めている蜜に気が付いて体の底が疼いたものの、何とか衝動を抑えて完遂した。
「帰ろう、春真。俺のベッドへおいで」
「……ん……」
差し出した手を、頬の赤い春真がそっと取る。少しふらふらとしながら歩く春真の腰を抱きかかえながら、ゆっくりと寮の自室へ連れ帰ったのだった。
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