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5.もったいなくて(1)

               ◇  治療と検査のため二週間ほど学校を休んでいる間に、季節はいつの間にか梅雨を迎えていた。  今日もじめじめと不安定な空からは、いつのまにか小雨が降り出している。  昼休み、颯斗は母親が持たせてくれたお弁当袋を胸に抱えて、うろうろと校舎内を彷徨(さまよ)っていた。雨が降っていると、善たちのグループがどこで食事をとっているのか把握しきれていないのだ。  三年生の教室がある四階のフロアを階段から覗いてみたが、そこから先にある教室内まで確かめるほどの勇気はない。  休んでいた期間を含めると、ずいぶん長いこと善の姿を見ていない気がしている。  颯斗はため息をつきながら、階段を引き返そうと向きを変えた。 「あれ、アノちゃんだ、久しぶりー!」  踊り場のあたりまで階段を降りたところで、背後から声をかけられた。声の主は金沢だ。  数人のグループの中に、善の姿もある。  皆気さくに颯斗に挨拶をするが、善だけはなにやら気まずそうに視線を逸らした。 「あ、あの、こ、こんにちは!」  颯斗がそう声をかけてやっと、善は小さく頷き「おう」とだけ言葉を発した。 「アノちゃんもお昼? 俺ら学食いくけど一緒にいくー?」  グループの一人がそう言いながら、颯斗の肩に腕を回した。 「い、いえ、あの、俺はお弁当あるので」 「え? 弁当ってそれ? 手に持ってるそのちっさいやつ?」 「あ、は、はい!」  胸元に抱いた昼食を指差され、颯斗はこくこくと頷いた。 「だめだめ。そんなんじゃ大きくなれないから。アノちゃんも学食いこーぜ。善が唐揚げ奢ってくれるって」 「はっ⁈ なんで俺」 「いーから、いーから」  乗り気になれない様子の善も含め、颯斗は周囲に促されるままに学食に向かった。  雨の日は特に混み合っているのだが、なぜか空けられていた六人がけのテーブルは、彼らの指定席なのかもしれない。  皆それぞれにお盆に乗せた献立をそこに運び、着席する。そして颯斗の前には本当に善が買ってくれた唐揚げの皿が置かれた。 「あ、あのっ、せんぱい、ありがとうございます、唐揚げ」 「……ああ」  颯斗の言葉にぶっきらぼうにそう答え、善は箸で生姜焼き定食をつついている。 「あ、あと、隣、座っちゃってすみません」 「……は?」 「あ、えっと、五メートル以内、なので……」 「あー、あれはもういいよ」  善の視線が気まずそうに手元を滑った。  その答えに安心した颯斗は、食欲のない颯斗のために母が小さめに握ってくれたおにぎりを齧った。もう一つ持たせてくれたタッパーの中身は、これも小さめに切ったりんごだ。 「アノちゃんさ、しばらく見かけなかったけど、学校休んでた?」  正面に座る金沢がラーメンを啜りながら尋ねてきた。 「あ、はい。あのー、ちょっと、はい休んでました」 「なんで? 具合でも悪いの?」 「へっ?」  病院に行っていたとまでは言うつもりはなかったのだが、まるで知っているかのような金沢の質問に、颯斗は眉を持ち上げた。  その様子に、金沢は黙ったまま颯斗の弁当箱の横を指差した。  そこには昼に飲むべきいくつかの薬が置かれている。飲み忘れないようにと、母親が弁当と一緒に包んでくれていたのだ。  颯斗は咄嗟に包みを折り返して、その薬の上に重ねる。  ふと横を向くと目が合った善が、またすぐに視線を逸らして味噌汁を啜った。 「あ、はい。ちょっと、風邪が長引いてて」  そう颯斗が答えると、金沢はどこか納得しきらないように「ふうん」と唸りながら颯斗の顔を覗き込んだ。 「まあ、あんま無理しないでよ? なんか、アノちゃんいつも顔色悪いし」 「あ、は、はい。それは、いや、そのぉ、ありがとうございます」  金沢はDomだ。  その彼に顔を覗き込まれ「無理するな」と、言われると思春期の颯斗は妙にドギマギしてしまう。  誤魔化すように、唐揚げにフォークを突き刺し、もそもそと齧り付いた。 「おまえ、颯斗(こいつ)に構いすぎだろ」  どこか呆れたように、善が金沢に言った。 「え、いーじゃん、だってアノちゃんなんか可愛いんだもん」 「か、かわっ……⁉︎」  金沢の言葉に、颯斗は驚き唐揚げを喉に詰まらせかけた。  キモい、暗い、オタクと陰口を叩かれたことはあっても、親や親戚以外に可愛いなどと言われたことがなかったからだ。  なぜか金沢が同意を求めるかのようにグループの他の先輩たちに「なあ?」と尋ねると、皆一様に頷いているから、颯斗はますます顔を赤くした。 「善にめっちゃ冷たくされてるのにめげない感じが健気で可愛いよな」 「あとなんか栄養足りてなさそうな感じが、捨て猫に餌やりたいのと同じような気分にさせるわ、はい、あーん」  そう言いながら、善とは逆隣に座っている先輩の一人が、フォークに刺した唐揚げを颯斗の口元に差し出した。 「あ、は、はいっ!」  条件反射で頷くと、颯斗はそれをパクリと咥えた。 「ペット扱いかよ」  善は呆れたように呟いている。  

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