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25.どうなってんのかな(1)
◇
芳川颯斗は母親と二人暮らしのようだ。
しばらく学校を休んでいるときいて、善が家を訪れると、在宅していた母親にとんでもなく嬉しそうな顔をされた。だから顔を見るだけのつもりが、ついつい上がり込んでしまったのだ。
決して広くない2DKのマンションには、母子二人の生活感が漂っている。
リビングに飾られた幼い頃の颯斗の写真なんかをみていると、愛されているんだろうなと感じた。
実際、颯斗が学校で嘔吐した時に保健室に荷物を届けにいってやったら、青ざめた母親が迎えに来ていた。
高校生にもなる男子を速攻で迎えに来るその様子に覚えた若干の違和感は、颯斗の部屋の机の上に大量の内服薬の入った紙袋を見てさらに深まった。
そんなにSubの抑制剤がうまく効かないのか、それとも何か別の病気か。
学校も日頃から休みがちな様子で、常に顔色も悪いし、体も細い。健康的な状態ではないのだろう。
だけど本人が言わないなら、こちらから聞くのも気が引けた。薬を隠すようなそぶりを見せたことから、きっと知られたくないのだろうと思う。
激しい雨が降ってきて、善の母親が泊まって行けと引き留めた。
別に無理をすれば帰れなくもなかったから、仕方なくといったら明らかな嘘だ。
「私は車で仕事行くから気兼ねなく過ごしてね」といった颯斗の母親の言葉に、善は落ち着かない気持ちを抱きながらもその正体を認めきれないまま、気がついたら「わかりました」と頷いていた。
「オマエのお母さん看護師なんだな」
風呂を借りて髪を乾かし終えると、ドライヤーをテーブルに戻して善が言った。
借りた部屋着はなんだか窮屈で丈が足りていないが、颯斗とは体格差があるので仕方がない。
「あ、は、はいっ、そうです! 俺が小さい時は休んでたんですけど、離婚してから復帰して」
「ほーん、かっこいいな。飯も美味かった」
「は、はいっ!」
母親のことを褒めたら、颯斗は嬉しそうに表情を緩めた。
「風呂、オマエも入れば?」
「あ、は、はいっ、じゃあ、行ってきます」
二人きりの部屋で、外は雨音が煩い。
何をしてもきっとバレないだろうなと思ったら、もっと別の顔も見たくなる。
そんな考えが浮かんだところで、善は小さくかぶりを振った。
颯斗から視線を逸らし、自分の気持ちからも目を背けようとした。ふと、その視界に机の上の写真が入った。
「つか、オマエこれやめろよ」
「え?」
善が言うとクローゼットを開いて着替えに手を伸ばしていた颯斗が振り返った。
善は写真を指差した。
木製のフォトフレームに収まっているのは、善が一人で映っている写真だ。
笑っているから、多分周りには金沢や他の友達がいるのだろうが、うまく切り取られたように、フレームいっぱいに自分の姿があるのを見て、さすがの善も気恥ずかしくなった。
「あっ、ぁあ!」
颯斗は焦りほとんど飛び跳ねるみたいに、机の上に突っ伏した。
掴んだ写真立てを胸元に抱き、善の視界から消そうとしているようだが当然すでに遅い。
「す、すみま、すみませんっ!」
「写真立てにワンショット飾られると、俺死んだみてぇじゃん」
「あ、は、はいっ、あのっ、す、すみません!」
焦りながら颯斗は机の引き出しに写真たてを押し込んだ。処分する気はないようで、やたらと大事に扱っている。
本人が目の前にいるのにバカみたいだな、と善は思った。
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