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24.近づくな(2)

 善が絞り出すように言ったコマンドに、嬉々として体を翻した颯斗は、保健室の隅の薬棚と壁の間にすっぽり収まり正座した。  その行動がまた善を昂らせる。  でも、足りない。  コマンドを言って、喜ばせて、それだけじゃ満たされない。 「おい、ストーカー」 「はい! せ、せんぱいっ!」  颯斗は表情を綻ばせ、顔を上げた。 「おまえ、マジで俺に近づくな、キモいんだよ」  呼吸がくるしい。  こんなことを考えたくも、したくもないのに、そうさせるのは自分の目の前を彷徨く颯斗のせいだ。そう思ったら腹が立つ。  でもそれ以上に、欲望が抑えきれないのを人のせいにしている自分自身にも苛立った。  善は颯斗を追い詰めていった。  矛盾したプレイを強要すると、颯斗は焦って狼狽え、コマンドの乖離に混乱した。 「ご、ごめんなさいっ……せ、せんぱいっ、ごめんなさいっ!」  気づけば許しを乞いながら、颯斗はその瞳から涙を溢れさせている。呼吸が苦しそうで、まるで助けを求めるみたいにこちらをみている。  胸の奥が今までにないほど昂った。溢れそうな感情を抑えるために、善は深く息を吐いた。 「おっすー! 善、調子どっ?」  そこで保健室の扉を開けたのは、善の様子を見にきた金沢だった。 「えっ? なに、どうした⁈」  金沢はすぐさま二人の異様な様子に気がついたようだ。体をガクガクと震わせた颯斗に金沢が駆け寄り肩を支えたのをみて、善はハッと我に帰った。 「これ、サブドロップか⁈ 鼻血でてんじゃんっ! アノちゃん、平気⁈」 「ご、ごめんなさい……で、できなくて……ごめんなさいっ」  颯斗は必死に言葉を絞り出しながら、善の表情を見上げている。 「アノちゃん、大丈夫だから、『Look(こっち見て)』」  また金沢だ。優しいDomのコマンドを颯斗にかけてやっている。  これ以上、善が颯斗を追い詰めて続けていたら危なかった。金沢は正しいことをしているし、感謝するべきだ。それなのに、Subを奪われたと言う嫉妬心と焦燥感が善の中に込み上げる。   「よしよし、いい子。ちゃんと息できてるよ、偉いねアノちゃん」  そう言って、金沢は颯斗の頭を撫でる。  そこでようやく颯斗はあらゆる衝動から解放されたかのように、ゆっくりと肩を下ろした。 「善、こっちこい! オマエもやらないと、ぶっ倒れるぞ」  金沢に促され、善はフラフラと颯斗に歩み寄った。  さっきまで自分のSubだったのに、途中で奪われた。あんなに好意を見せていたくせに、他のDomのコマンドで満たされるのか?  善は颯斗の前に歩み寄り、その手のひらを伸ばし恐る恐る頭に置いた。 「ごめん、悪かった」  そう言って髪を撫でると、颯斗の惚けた顔が善を見上げた。  大丈夫だ、まだコイツは俺のことが好きだ。そう思った瞬間、心底安心した自分に善は驚いた。  頭に置いた手を頬に滑らせ、颯斗の鼻血を親指で拭った。 『Good boy(よくできました)』  そのコマンド(言葉)に、颯斗が薄らと微笑んだ姿が、善の心を満たしていった。                ◇ 「なあ、まじで大丈夫? 休んだ方がよくね?」  颯斗を保健室で休ませると、善は金沢と一緒に教室に戻ることにした。  その途中の廊下を移動しながら、金沢は心配そうに善の表情を覗き込んでいる。 「あのままあそこにアイツと二人でいる方がやべえだろ」 善が言うと「まぁ、そうだけど……」と金沢は黙り込んだ。   「なあ」 「ん」  善がぽつりと声をかけると、金沢は顔を上げた。 「あいつ、平気かな?」 「アノちゃん?」 「うん」 「ドロップは落ち着いたし、保健の先生も戻ってきたから大丈夫じゃない? たぶん」  言いながら、金沢は善を励ますように軽い調子で笑って見せる。 「あいつさ、鼻血出てたよな?」 「あー、うん、出ちゃってたね」 「俺のコマンドで、ドロップして鼻血出して、めっちゃ泣いてた」 「……うん、善、気にするなとは言えないけど……おまえもなんか体調悪そうだし、仕方なかったんだろ? 後でちゃんと謝ろうぜ」 「ヤバくね?」 「え?」 「俺のコマンドでさ、あんなに泣いて、ドロップまでしてんのに、頭撫でたらめちゃくちゃ嬉しそうなの、ヤバくない?」 「……善?」  金沢が眉を寄せている。  善は自らの口元に手のひらを当てた。口角が上がっている。笑っていたようだ。 「ヤバいのは……俺か……」  善が呟くと、金沢が肩に手を置いた。 「まあ、とにかく、もうちょいアノちゃんに優しくしてやれよ」  金沢のその言葉に「そうだな」と、善は頷きを返した。

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