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26.ヤバい(2)

 細い首を視界にとらえながら、善は颯斗の頭に手を置いた。この位置から見ても、颯斗の体は緊張で硬くなっている。だけどしばらく頭を撫でて指に髪を絡めていたら、多分気持ちよかったのか肩の力が抜けていくのがわかる。  わざと小指で耳を撫でると、ピクリとその肩が揺れた。面白かったので何度かやったが毎回同じように体をビクつかせている。  もう少し何かしてやりたい気分だったが、それを抑えて乾いた髪を撫でながら善はドライヤーを置いた。 「あ、あのぅ、せ、せんぱい」 「あ?」  また善が床に座り直すと、颯斗がなにか言いたげに俯きながら胸を抑えている。 「さ、さっきの、してほしいことの、件なんですけど」  もごもごと口元を動かしている颯斗の言葉を善は顔を覗き込みながら待っている。 「しゃ、写真、一緒に撮ってほ、ほしいなって」 「写真?」 「は、はいっ、あ、あのっ、さっき、ワンショット飾られるの嫌だって言ってたので、い、一緒に撮ったやつなら、い、いいのかなって」  言いながら、颯斗は机の上に視線をやった。さっきまで飾られていた写真たては今引き出しの中にしまわれている。   「は? ダメに決まってんだろ」 「あっ……」 「ツーショットなんて飾ったら、カップルみたいだろ、気持ち悪りぃ」 「は、はいっ、そ、そうですよね」  颯斗は俯き項垂れた。 「撮るのはいいよ」 「え?」 「飾るのはキモイけど、撮るだけなら別にいい」 「ほ、ほんとですか⁈」  写真なんて、何がそんなに嬉しいのか。目を輝かせた颯斗を前に、善は思った。  颯斗は必死に馴れない手つきでインカメを向け、シャッターを押した。  颯斗の顔は緊張で強張っているし、善も特に微笑んではやらなかった。そんな写真でも、颯斗は胸元にスマホを抱き寄せほうっと息を吐いている。 「そんな嬉しいわけ? 俺と写真撮るのが」 「は、はい!」  颯斗が大きく、はっきりと頷いた。 「へー」  なんだこれ、可愛い。  そう思った直後、善は自分の思考を否定するかのように息を吐いた。 「なあ、布団どこにあんの? 敷いていい?」 「あ、はいっ、あの、隣の部屋にさっき母が出してくれてたんで」  誤魔化すみたいに言った善の言葉に、颯斗が立ちあがろうと体を揺らした。  風呂上がりの皮膚から立ち上る石鹸の匂いだ。  細い首が揺れて、さっき写真を撮ったくらいでバカみたいに嬉しそうだったその表情がこちらを向いた。 「お、俺取ってくるんで、せんぱいは座っててくだ」  唇が近くにあるなと思った瞬間、衝動的に善は颯斗に口付けていた。  どんな顔をするのか見たかった。だけど、それ以上に自分の顔を見られるのを避けたくて、善はすぐに立ち上がった。  何事もなかったみたいに、布団を持って部屋に戻り、呆然としたままの颯斗の横で、テーブルを退けてテキパキとそれを敷いていく。  そしてさっさと横になり、颯斗に背中を向けたまま「おやすみー」と平坦な口調で言いうと、毛布をかぶった。 「は、はい、あ、のっ、おやすみなさい……」  背中の方で呆然とした颯斗の声が聞こえ、その後リモコンの電子音が鳴り電気が消える。  善は頭までかぶった毛布の中で、確実に赤らんだ自分の顔を両手で覆った。 「ヤバい……」  微かな善の呟きは、窓の外に激しく打ちつける雨音に消えた。

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