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31.恋人より(1)

 まさか善に手料理を振る舞える機会が来ようとは。 料理といっても、パスタを茹でてソースをかけるだけなので失敗のしようがないのは安心だ。  颯斗はキッチンでパスタを茹でながら、ソワソワと背後を振り返った。  先に飲んでてくださいと勧めたが、善はテレビでYouTubeを見ながら、ただ颯斗が調理を終えるのを待っていた。 「で、できました!」  皿に盛り付け、パスタをテーブルに置くとトマトソースの香りが立ち上った。 「お、うまそうじゃん」 「は、はい、美味しいですよ。ちょっぴり高価なんですけど、翔太に教えてもらって、ハマっちゃって」  さっきまで冷やしておいた苺のワインを開けながら、善が「ふうん」と頷いた。  普段ワインを飲まない颯斗はワイングラスを持っていなかったので、さっき善が自分の部屋から持ってきてくれていた。  赤ワインよりはもっと淡い、ピンクに近い液体がグラスの中で揺れて、グラスを持って鼻を寄せると甘酸っぱい苺の香りがしている。 「ん、甘い!」  一口飲んで颯斗は唇を舐めた。 「うまい?」 「はい! 美味しいです! 好きです!」  その言葉をさらにアピールするかのように、颯斗はさらにグラスを傾けた。  普通のワインよりもかなり飲みやすいあっという間にグラスを空けると、すぐに善が次を注いだ。 「けっこう飲めるじゃん」 「はいっ! あんまり強くないんですけど、これジュースみたいなんでどんどん飲めます!」  颯斗はまたグラスに口をつけた。 「おまえ、チョロすぎるな」 「え?」  どういう意味かと首を傾げると、善はふっと笑いをこぼして、フォークを握った。 「まあ、今日は家だからいいけど、それ甘くてもアルコールだし、強くないならあんま飲みすぎるなよ」  そういうと、善はパスタを巻きつけ口に運んだ。「うま」と小さく呟いている。 「あ、あのっ、すみません……」 「なんで謝る」 「なんか、嬉しくて……はしゃいじゃって」  颯斗は俯き、顔を赤らめた。  酒のせいではなく、単純に空気も読まずにはしゃいでしまった気がして恥ずかしかったのだ。 「別に謝ることじゃねえだろ」 「は、はい……」 「食えよ、美味いこれ」 「あ、で、ですよね!」  颯斗もフォークを握り、パスタを巻いた。口に運ぶと安定の味だ。善も美味いと言ってくれた。  食事を終えて皿を片付けてからも、二人でちびちびワイングラスを傾けた。ボトルに目をやると、残りはもうあとグラス一杯ほどだろうか。  酒が回って少し思考がふわふわとしている。ラグの上に座っている颯斗は、クッションを抱き抱え、そこに顔を埋めるフリをしながらこっそりソファの上の善の顔を盗み見た。  高校生の時よりも、骨格が大人っぽくなっている。落ち着いた雰囲気もあって、相変わらずかっこいい。見ているだけで心拍数が上がってしまう。  残ったイチゴのワインを、善が二人のグラスに半分ずつ注いだ。それで瓶は空になった。  颯斗はワイングラスを少し脇に避けてから、クッションを抱えたままだらんとテーブルに頭を乗せた。 「もういらない?」  グラスを避けた颯斗を見て善が言った。 「違います、いります」  突っ伏したまま頭を横向け、颯斗は善を見上げた。いつの間にかソファから床に座り直した善はテーブルに頬杖をつきながら颯斗の様子を伺っている。 「酔ってんじゃん、無理すんなよ。俺が飲む」  そう言って善は颯斗のグラスに手を伸ばした。颯斗はその動きを制するように善の袖を掴んだ。 「ダメです、俺が飲みます」 「そ?」 「だだ、これ飲んだらせんぱいが帰っちゃいそうなので、ちょっと休憩してるだけです」  顔が熱くて少しぼんやりするが気分はいい。

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