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35.普通にバレてるよ【最終話】(4)

 その後、近しい友人たちの近況などを話し、十分ほどでスマホに彼女からの連絡が入った様子の金沢は「今度ゆっくりはなそー」などと言って席を立った。  残された颯斗は気まずいまま、テーブルに置いた拳に視線を向ける。 「あ、あのぅ……い、いつから」 「へ?」  善は持ち上げていたコーヒーカップをソーサーに戻した。 「いつから、俺が、そのぉ、芳川颯斗だって気づいてたんですか?」 「は? いつからって、最初から?」 「え?」 「いや、むしろ、気づいてないと思ってたのかよ?」 「だ、だって……」 「まあ、最初は隠したいのかなって思ったけど、途中からおまえ普通に《《せんぱい》》って呼んでたし、もうバレてるって気がついてんのかと思ってたわ」  颯斗が顔を上げると、善は少し呆れたように笑っている。 「え、じゃ、じゃあ、せんぱいは俺が俺だって気がついてたのに、そのぉ、こ、恋人にしてくれたんですか?」 「そーだけど」  何言ってんだとでも言いたげに、善は眉を寄せた。 「てか、言っただろ、ずっと前から好きだったって」 「あっ……」 「それ、高校のころからって意味だから」  颯斗は瞬いた。 「だ、だって! せんぱいあの頃、頼むからもうかまうなって……!」 「うん、言った。あの時は俺もまだ幼かったし、自分のDom性もコントロールできなくて、お前のこと傷つけると思って怖かったし、受験とかもあったからいろいろいっぱいいっぱいだった」 「あ、な、そ、そうだったんですか……」  力んでいたからだから空気が抜けていくようにゆっくりと息を吐き、颯斗は背もたれに背中をつけた。 「俺、てっきりせんぱいに嫌われたんだと思って……だから、俺が芳川颯斗だってバレないようにしようって……」  緊張の糸が解けていく。 「え、つーかさ、お前の隠し事ってそれ?」 「は、はい……そうです……けど」  颯斗が答えると善が大きなため息と共に、背もたれに背中を預けた。 「なんだよー、そんなことか」 「そ、そんなことって! 俺はせんぱいに嫌われないように必死だったんです!」 「あー、わかった、ごめんごめん」  言いながら、善はテーブルの上で握った颯斗の拳に手のひらを重ねた。 「いや、俺はお前がなんか大きい病気とか隠してんのかと思ったんだよ」 「え?」 「高校の時、そういう話きいてさ。あの頃お前いつも具合悪そうだったし」  辛い記憶を思い出したように、善の表情が一瞬寂しげに曇る。 「あ、あのっ、確かに高校生の時、大きな病気になって……でも、もうそれは大丈夫なんです、完治しました」  そう伝えると、善は安心したように笑みを作った。 「じゃあ、もう隠し事とかないんだな?」 「は、はいっ、ないです!」 「よしっ」  そう言って、善は残りのコーヒーをぐっと飲み干した。 「飯は、もう終わり?」 「あ、は、はいっ、後一口!」  颯斗は残りのハンバーグを大きな一口で押し込んだ。 「じゃ、いくぞ」 「むぐっ、ど、どこへ?」  レモンティーで口の中を流し、颯斗は尋ねた。 「浴衣、買いに行こうぜ」 「えっ」 「見たいんだろ? 俺の浴衣姿」  七年も前だ。あの花火大会の時、泣きながら訴えた颯斗とした約束を善は覚えていてくれた。 「はぃっ……」  ツンと鼻の奥が痛み、颯斗は堪えるように唾を飲み込み頷いた。 「お前のも買うからな? 俺一人で張り切ってるみたいなの恥ずかしいから」 「はいっ!」  善が颯斗の手を掴んだ。 二人はテーブルから立ち上がる。  あの頃、あの花火大会の日、そわそわと落ち着かない胸の内でほんの少しだけ期待したのは、こうして善と寄り添い歩く束の間の時間だった。  街中でひと目も憚らず手を繋いで歩いてくれている善の横顔を見上げ、どこか重なるあの頃の情景を懐かしみ、颯斗は熱くなった目元を拭う。  それに気がついた善は、少し照れたように微笑んだ後で、颯斗の頭を優しく撫でた。 おわり

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