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3 出会い

 言葉に詰まってそれだけ言って首を垂れると、垂れ耳もますますへろんと顔の横に下がってきた。 「別に大したことじゃない。お前が俺を頼ってくれて、俺も嬉しい」 「深森」  普段はクールであまり表情を崩さない深森だが、卯乃の前だと他と比べて明らかに機嫌がいいように感じる。尻尾ものんびりゆらゆら、お耳もピンっと立ち、大きな瞳も細められて笑顔が多いのは気のせいではないと思う。猫好きの勘がそう言っている。  誰もが憧れる男のそんな姿を目にするたび、そこに『特別』を感じてしまうのだから、こいつは罪な男だと思う。 (深森がこんなにもオレに気安くしてくれてるのって、あの事があってからこそだよな) ※※※    入学当初、教室での深森はとにかくとっつきにくいオーラを醸し出していた。  現役アスリートらしくがっしりとした体格で、彼が窓側の席で黙って佇んでいるだけで存在感満点だった。サッカー選手としての彼に憧れを持つ者たちや、大抵むっつりしているものの端正な顔立ちが、女の子たちの目を絶えず惹いていた。猫好きの卯乃としてはたまにぴくっとする、ふわふわの長毛が飛び出た猫耳の方が気になってしょうがなかったのだが。  皆がSNSの連絡先を聞きたくとも、話しかけるきっかけを掴めず、頑張って声をかけてもその後会話が続かず、深森はすぐ忙しそうに部活に行ってしまう。  のちに聞いた話だが、本人曰く、相当気を許した相手でないとなかなか心が開けない性格で、見た目に反してかなりの人見知りなのだそうだ。  その上進学と共に上京し周囲の環境が大きく変わったことにより、彼は体調を崩してしまった。だが高校時代から名の知れた選手でもあったプライドもあってか、すぐに誰かを頼り相談することができなかったらしい。  あれは入学して一月ほど経った頃のこと。初夏の始まりに急に訪れた気温の高い日だった。  卯乃はその日木々の緑が濃くなってきた大学構内を人目を避けるようにして歩いていた。  ちょうどその頃、友人たちと連れだって見学に行ったフットサルサークルで、犬獣人の男の先輩に妙な気にいられ方をして困り果てていた。構内で顔を合わせるたびに入れ入れと勧誘をうけ、断ったらしつこく連絡先を聞かれ続けていたのだ。 (こないだみたいに待ち伏せされて、先輩と鉢合わせすると面倒だし……。遠回りだけど校舎の裏っかわを通ろう)  何が悲しくて自分の方がこそこそしないといけないのかと辛かったが、中高とも似たような目にあったことがあったのでトラブルは避けて通った方が賢明だと考えた。

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