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8 トラブル
深森は心底反省しているのか耳がへたっとなっている。それを見たら猫好きとしてはやっぱりキュンっとなってしまう。
「別に気にしてないから。それより今日の部活は休んだ方がいいよ。まだ危なっかしいから、オレ一緒に救護室に行ってあげる!」
そのあと卯乃は人間関係のトラブルのせいで今まで我慢していた持ち前のフレンドリーさと底抜けの明るさ、物おじしない社交性をフルに発揮した。
大きな彼を小さな卯乃がひっぱるようにして、一緒に救護室と学生課、コーチやチームメイトの先輩たちのところにも付き添って、口下手な深森の傍で周囲との仲立ちになってやった。
そのあとも一週間、彼が元気になるまで見守ると、教室でもピッチでもマネージャーのように見守り続けた。それが縁になって一人ぼっちでいた卯乃と深森は急速に仲良くなったのだ。
※※※
そのあと暫くして、今度は卯乃がトラブルに見舞われた。
その日は大学の周年行事があった。卯乃は講堂を出たところで、待ち伏せしていたあのしつこい犬獣人先輩にとうとう捕まってしまったのだ。
「気のある素振り見せてたくせに、なんで俺の事避けるんだよっ。焦らして無視して、何様なんだよ、お前!」
大学構内、人目のある中で腕を掴まれ、犬歯むき出しの相手にそんな風に罵倒された。卯乃は怖ろしいやら悔しいやらで、とっさに言い返せなかった。
それをいいことに犬獣人は図に乗って、大声で卯乃のことを蔑むような罵詈雑言を周囲に聞こえごかしに繰り返す。
「兎は可愛い顔して清純そうに見えてもビッチってほんとだよなあ。バイトバイトって、俺の誘い断り続けて、バイト先でもそんな風に男に色目使ってるわけ?」
「なっ! なんでオレがあんたにそんなこと言われなきゃならないんだよ! 腕放せ!」
掴まれた二の腕の柔らかい部分をするりと指で撫ぜられ、卯乃は喜色悪さに尻尾や耳まで総毛だつ思いだった。
「卯乃ちゃん、一回俺と二人っきりで話をしよう、なあ? ちゃんと話をしたら、俺が一番いいって分からせてやるからさあ。オレンジ色の毛のウサちゃん姿とか、見てみたいなあ」
(キモイ!)
犬獣人とはいえ、大型だ。体格では卯乃にずっと勝る。卯乃はつのる恐怖から一番頼れる友人の名前を思わず口に出してしまった。
「離して! 誰か……、みもりぃ」
人気のない方向に引きずられかけてもみ合っていると、人垣の向こうから自分を呼ぶ精悍な声が聞こえた。
「卯乃!」
「深森!」
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