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9 俺の卯乃

深森は身体の大きさに反した猫科らしい俊敏な動きで人をかき分けると、颯爽と卯乃のすぐ傍までやってきた。アスリートらしい堂々たる体躯で犬獣人先輩を圧倒しつつ、卯乃の捕まれていた二の腕を見て、見たこともないほど激しい怒りの表情で眉を吊り上げる。 「離せよ」  言いしな即座にばしっと男の手を払う。そのまま卯乃の薄い肩を自分の方に引き寄せ、盾になるように間に立った。  卯乃は頼もしい友人の横顔を惚れ惚れと見上げると、ほっとして大きな目に涙をにじませた。 「なんなんだよ、お前」  ふてぶてしい犬獣人先輩に対し、深森はいっそ不遜なほどの低い声色を使い、炯々と輝く瞳で睥睨しながら言い放つ。 「俺の卯乃になんか用?」 「はあ? お前、こいつにも色目使ってたのか?」  その言葉に一瞬にして周りがどよめいた。  周囲でカメラを向けられている気配や、『サッカー部の深森だろ、ウサギと付き合ってたのか!』とか、『あの二人いつも一緒にいるものね』とか、『なんだもめてる? 取り合い?』とかそんな声が上がる。それを聞いて卯乃は急に怖くなった。 (深森は有名プレイヤーなんだから、オレのこと庇ってもめ事に巻き込まれるのは申し訳ない)  そう思ってゆっくり身体を放そうとしたが、深森の筋肉の発達した太い腕が、逃がすまいと動いた。そのまま厚みのある彼の胸にほっそりとした卯乃の身体はグッと押し付けられた。  震える卯乃の肩を掴んだまま、深森は顔色一つ変えない。僅かに顎をくいっと上げ下げして相手を指し示しながら卯乃に尋ねてきた。 「卯乃、こいつに用あんの?」 「な、ないよ」  卯乃はぶんぶんと首を振る。 「先輩とは、サークル見学で、一回話しただけ。用はないよ」 「お前は俺と出かける約束だったんだよな?」  そんな約束をした覚えはないが、有無を言わせぬ言葉に、卯乃が逆らえるはずもない。なぜなら眩く煌めくマスカットグリーンの瞳の色は、卯乃にとっては逆らい難い魅力を称えているからだ。 (あの口下手な深森が俺のためにここまでして、一芝居打ってくれてる)  卯乃は自分もこの小芝居に参加しようと、下腹に力を入れて覚悟を決めた。  小づくりの愛らしく見える顔立ちに、彼に溺愛されている喜びに満ちた微笑みを浮かべ、こっくりと小さく頷く。 「クレープ、食べに行く約束だったよね? 連れてって」  深森はそれを見届け満足げに嗤う。 「だってさ」

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