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10 わりとかわいい
講演会後に流れてきた人々の視線や囁き声が飛び交う中でも、深森は終始堂々としている。そして牽制する気を隠そうともしない。それが明らかに卯乃の彼氏は深森で、犬獣人が横恋慕して邪魔をしている、というような強い説得力を生んでいた。
犬獣人先輩とて、深森が誰であるか知らぬはずはないのだ。格の違う相手に圧倒されていたが、悔し気に犬歯を見せて唸るが、しつこくもその場を立ち去らない。
「深森、来てくれて、ありがとう」
「お前が呼ぶなら、いつだって駆けつけてやる」
「嬉しい……」
卯乃の頭を耳ごとくしゃくしゃっと撫ぜてから、深森がキリっと凛々しい眉を吊り上げ男をひと睨みし、チャラい犬獣人先輩を追い払ってくれた。
ひとしきり周りは沸いて、そのあと教職員の声かけでばらばらと解散していった。人垣が崩れると、その向こう少し遠くで犬獣人先輩がじとっとこちらを見ている視線を感じた。余りのしつこさに卯乃がぞっとしていたら、とどめとばかりに深森がさりげない仕草で卯乃の額や目元に口づけを落とした。
「深森っ」
言外にやりすぎだよっと匂わせたが、深森は普段よりずっと感情豊かで饒舌になって卯乃を窘めてくる。
「あいつまだ見てるぞ、じっとしてろ」
大きな手できゅっと指先を絡めて卯乃の手を握ると、持ち上げた手の甲にも口づけられる。日頃冷静な男の情熱的な仕草に、卯乃はくらくらしてきた。
深森は本物の恋人にでもするような甘い仕草を繰り返していく。「お前は何も悪くないから気にするな」と囁き、ビロードのような柔らかい垂れた耳に慈しむように、ちゅっちゅっと口づける。卯乃は本当に耳を触られると弱いので腰砕けになりそうになった。
「深森ぃ、だめ、恥ずかしいからあ」
唇にもキスを落とされかけ、羞恥に頬を染める。長い睫毛を半ば伏せた卯乃は色香をにじませながらも、やんわり指先で唇を制した。くすりっと深森が微笑む気配が伝わった。
「みんな見てるよ」
やりすぎだよという気持ちも込めて。深森に向かってぷくっと頬を膨らませたが、逆に「すげぇ、可愛いな」と囁かれたので始末に負えない。
「卯乃、隙見せんのは俺の傍だけにしとけよ? お前ぼーっとしてるだけでも、わりと可愛いんだから」
「はわあ。はっずぃ。お前なんでそんなことを真顔で……」
無駄にドキドキさせられたが、友達思いの深森のおかげで、学校生活の憂いがなくなったと卯乃は心から感謝した。そして深森は、今でも卯乃にだけはこんな風に砕けた雰囲気で接してくれるようになったのだ。
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