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24 わがまま

そろそろと布団から顔を出して上目遣いに見上げたら、深森は大きめの唇の端だけが上がるシニカルな笑顔を見せた。こういう表情も男前がすると様になるものだ。 「おねがい」 「俺もたっぷり願いを叶えてもらわないとな」  深森は冗談とも本気とも付かぬ言葉を残し、乱れた髪をかきあげながら対ゴキ用武器を取りに部屋を出ていった。しかし卯乃は一時目を離した隙に虫の行方を見失ってしまった。 「みーもーりぃ! ゴキ消えた! 廊下にでたかも!」  ほどなくして深森が雑誌を手に戻ってきたが、卯乃はゴキブリを探す度胸もなかった。 「廊下? こっちにはきてないみたいだが」  褐色に日に焼けた上裸のまま、鴨居を屈んで通り深森は部屋に戻ると、後ろ手に襖を閉めた。 「えええ! 探して欲しい。また来たらどうしよ。寝れないよ」  むうっと口をへの字にした卯乃だが、深森はいつも通りの冷静な彼に戻ってしまった。 「もうどこかの隙間に逃げたら探せないだろ。消えたものはしょうがない。もう遅いから寝るか」  すんっとした表情とさっぱりとした声でそういわれて、卯乃は高まりかけた気持ちに突然水を浴びせかけられたようになりながら、頷くしかなかった。  深森は卯乃が色々暴れていたせいで扉近くに吹っ飛んで落ちていた電気のリモコンを拾って灯を落とすと、再びするりと小さくなった。  猫の姿で歩いてきても、何だかその姿はもうニャニャモには見えない。いかにもいつも通り深森に見える。大学で卯乃を見つけると脇目も降らずにまっすぐに近寄ってきてくれるそれと同じだった。  卯乃は大人しく布団にはいって、夏掛けを自分とその横に丸くなった猫の深森の上にかける。  茶色い豆電球はとても仄かな灯で薄暗いけれど、目が慣れてくるとなんとなく周りは見渡せる。リモコンより確実だと親が結んだ電気に繋がる長い紐がゆらりゆらりと揺れている。  子供の頃は親子でここに布団を並べて寝ていたから、隣に猫姿でも友人がいるのがなんとも不思議な光景に映った。 (このまま眠ったら、朝にはまた普通の友達に戻るのかな)  眠かったはずなのに目が覚めてしまった。  猫の姿をあれだけ見たかったのに、隣に深森が人の姿でいないとなんだか寂しい。やれ猫になって、やっぱり人間に戻って。そんなの、流石に我がまま過ぎて正直に言えない。  だけど燃え上がりかけた深森への想いが燻ったまま、ちりちりと卯乃の胸を炙る。 (深森、もっと我がままいってもいい?)  口には出せず、猫深森をそっと撫ぜた。背中は滑らかで温かく、吸い込むとお日様の匂いがした。

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