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番外編 内緒のバイトとやきもちと10 side卯乃

(なんだか不思議なことになったなあ)  バイト終わり。ウサギカフェの店長こと卯乃の実兄である睦月に「みんなで飲みに行こうよお」と誘われたのだ。   「店長さんが、卯乃の血の繋がったお兄さん、か。お前知ってたのか?」 「知るわけないだろう。さっきお前たちの様子を見に行くために事情を話したらご本人から卯乃ちゃんの兄だと言われたんだ」  指定された居酒屋で待っているとが店じまいを終えた睦月がやってきた。ちょっとチャラチャラした私服姿の睦月はより若々しく見えるが年は卯乃より十も上だ。 「おまたせ! さて。さて。卯乃の彼氏とお友達の初来店にカンパーイ」    上機嫌な様子でグラスを掲げると、睦月は豪快にビールを煽った。 「労働の後のこれが最高! すきなだけ注文していいよ!」 「ご馳走になります」    すぐさまジョッキを空に開けた年上の友を深森が肘で小突いて窘めている。 「いーの。いーの。若いやつは遠慮なんてしないでいいんだよ! さっき卯乃のこと呼びに行ってくれたお礼!」  そんな適当な理由をつけて追加の酒を頼んでいくれる。  卯乃にとっては世話焼きでちょっと、口うるさいけど世話好きで優しい兄だ。素敵な狐獣人の番もいて去年彼の兄弟の子を養子に貰った新米パパでもある。 「まあ、兎獣人はさ、子沢山が多くて兄弟姉妹の家に養子に行くことも多いわけだよ。卯乃は俺らの親の兄弟の家に養子にいってるから、血は繋がってるけど、間柄としては従兄弟ってことになるな。あの店は俺と番の店なんだ。従業員も大体みんな元を辿れば親戚筋が多いな」  幼い頃兎獣人が割と多い地域に生まれ育った卯乃にとっては普通のことだったから気に求めなかったが、周りにしてみたら複雑な家庭環境と言えるだろう。  熊獣人の彼が卯乃と睦月を背を屈めて見比べてふむっと頷いた。 「たしかによく見たら顔立ちも雰囲気もよく似ている。美人兄弟だ」 「でしょう? 俺の学生時代によく似てるんよね。卯乃は。かわいーでしょ」    うりゃうりゃ、と隣に座った兄が卯乃に抱き着いて頬ずりしてきた。卯乃は兄の過剰なスキンシップに耐えながら人参スティックをぽりぽりと食べた。 「本当に、仲良しだなあ。なあ? 深森」  深森の友人が意味ありげににやりとする。深森は焼き鳥をワイルドに食べたあと彼の脛を蹴り上げたようだ。 「うちは兄弟七人バランバランに暮らしてるけど、卯乃はいちばん近くに住んでる弟だからね。年も離れてるし、そりゃ可愛いわけだよ。卯乃は養子に行った先にいる義姉義兄とも年が離れてるからあっちの家でも溺愛されてたけど、今年から一人暮らしをしてるのが、家族みんな心配でね。手元に置いて見張ってくれってこいつの義理の兄貴がうるさくて。俺より全然出来がいい。むちゃくちゃいい男だよ。卯乃、|黒羽《くろば》もうすぐ海外赴任先から帰ってくるんだろ?」  この話はまだ深森にもしていなくて、卯乃はちらっと深森を見たあと頷いた。 「秋には帰るって」 「そうなのか?」 「うん。でも兄さん家でて一人暮らししてるから実家には戻らないけど。こっち帰ったら兄さんのマンションで一緒に暮らそうって言われてるんだけど、でも、実家は空にできないし、その……」 (深森と家で二人っきりでにいられる時間が減っちゃうのはやだな)  向かいに座る深森の顔を見つめたら、睦月も腕組みしながらこちらに水を向けてきた。 「で、お兄ちゃんへの彼の紹介はまだか」 「あ……。えっと。オレの恋人、サイベリアンの深森君、です。大学でサッカーをしてて、スポーツ健康科学部の、一年生です」 「はじめまして。卯乃さんとお付き合いさせていただいています」 「よろしくね。ふーん。深森君ってあれだな。おまえんちのサイベリアンに雰囲気似てる」 「やっぱりそう思う? ニャニャモと似てるって俺も最初思ったんだあ。だよね。嬉しい。やっぱ睦にいが見てもそう思うんだ」  自慢のにゃんこだったニャニャモを失った傷を癒してくれたのはニャニャモによく似た深森だった。どちらも卯乃にとって大切な存在であることに間違いはない。 「おい。卯乃。黒羽たちには深森君を紹介できまの?」 「まだだけど」 「ふーん。そっか。深森君。こいつのモンペ、身内に沢山いるから、気を付けるんだよ。うちでバイトする前、黒羽なんて乗り込んできてあーだのこーだのうるさいったらなかった。制服のズボンの丈まで短すぎないかって、いちいち文句つけやがって」  酒に口をつけながら深森も大きく頷いていたが、卯乃はそれには気にもとめない。 「黒にいは睦にいよりさらに心配性だから、すごく口うるさいんだ」 「えー、でも。お前黒羽大好きじゃんか。ちっちぇ頃は大きくなったら黒羽と結婚するんだあとか言ってたくせに。黒羽だってあんなイケメンが本命の恋人も作らないで何かにつけて弟優先ってさあ。お前を1人にしとけないって無理やり帰国するんだろ、あいつは心底……」    ガタンっとグラスを置いた深森にぎょっとしつつも卯乃は真っ赤になって兄の口を塞いだ。 「うそうそうそ! 恥ずかしいからやめてよ! それならオレ、ちっちゃい頃紅羽姉さんとも結婚するって言ってたもん」  紅羽は黒羽の双子の姉でとっくに結婚して家を出た既婚者だ。幼い頃の卯乃は二人にべったり構ってもらっていたから、大好きな二人とずっと一緒にいられたらいいなあ、ぐらいの気持ちでそう思っていただけだ。  卯乃は赤面しつつ、話題を変えようと、兄に提言してみた。 「この際だからはっきり言うけど、オレも睦にいみたいな制服がいい。あの格好恥ずかしすぎて……、今まで深森にもバイト先内緒にしてたんだから」 「そうなのか?」 「えー。可愛くないか? 俺はかわいーの大好きなんだ。自分の身の回りか可愛いもんで溢れていて欲しい。彼氏さんだって卯乃のあの格好可愛いって思っただろ?」 「制服の件、俺からもお願いします」  深森まで急に頭を下げたので、熊獣人が大声で後ろで笑い出した。睦月は口を尖らせて「可愛いのに」と呟いたあとつまみの枝豆を口に放り混んだ。 「まあ、でも。確かに今日みたいなこともこれからもあったら困るもんね。可愛すぎるのも考えもんだ。制服の件考えとくよ」 「今日みたいなこと?」 「あの高校生の子たちが……うぐっ」  兄が色々と余計なことをいいかけたのでぎょっとした卯乃は「そろそろ家に帰んないと、まずいんじゃない」とセロリスティックを兄の口の中に無理やり突っ込んだ。  意外と話し上手な深森の友人のおかげで、睦月も良い酒が飲めたようだ。 大分酔っぱらて、タクシーに乗り込むまで笑いながら卯乃の子供の頃の話をあれやこれやと深森にしてきた。卯乃はそのたびに赤面するやら兄の口を塞ぐやら忙しくて堪らなかった。   「じゃ、また飲み行こうね。今度は黒羽も一緒がいいかな」 「黒羽さん、ですか」 「でもまあ、ほんとに。こっちに戻ったらきっと、君らのこと邪魔するかもね。あいつはね。心底、卯乃を愛してるから……」 「もう、睦にい、酔っ払いすぎ。変なこと言わないで」  兄をタクシーに押し込むと卯乃大きく手を振った。後ろに控えていた深森が複雑そうな表情を浮かべているとも知らずに。

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