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番外編 内緒のバイトとやきもちと11 side卯乃

 タクシーを見送り、店を出て三人になったあとも、深森はまるで出会って頃の無口な彼に戻ったみたいだった。黙り込んで何か物思いにふけっているように見えて、卯乃を落ち着かない気持ちにさせる。近寄り難い雰囲気に軽々しく声もかけられない。学生三人で駅に向かう中、ちょっと先を歩く深森に卯乃はとことこっと早足で駆け寄った。 「今日、うち、来るよね?」    明日は夏休み中数日しかない、互いにオフの日だった。  翌日の予定を気にせずゆっくり過ごせると、卯乃は今夜を楽しみにしていたのだ。 (深森も楽しみだって言ってくれてたよね? 来てくれるよね?)  期待と不安を込めて上目遣いに様子をうかがっていると、深森は正面を向いたままだが頷いてくれた。  駅に着くと別れ際熊の友人が卯乃にだけ聞こえるように「ま、簡単に言えばそいつ今日、嫉妬しすぎておかしくなってんだ。大目に見てやって」と囁かれた。 (今日? オレが嫉妬することがあっても、そこまで深森が嫉妬するようなことなんてあったっけ?)    卯乃にとっては店の面々との触れ合いは実兄や女子でも自分に気のない子とのやり取りにはやましいことは無い。 (あの子に手を握られたけど、あれって自分で拭きますってアピールだったかもしれないし、自意識過剰だったかも……)  高校生との外でのやり取りを深森がどの程度聞いていたかは分からないが、自分にその気がない以上、後ろめたく感じることは何一つない。そもそも自分が深森以外に靡くはずなど絶対にありえない。 (さっきだって『大好き』って言ったし。オレの気持ちは深森に届いてるはず)  そもそも、愛猫の面影を宿している深森のことを見つけて、気になって仕方がなくて好きになったのは卯乃の方が先だし、自分の方がより深森のことが大好きだと思っている。そこは譲れない・ (オレが好きなのは深森だけだよ。そんなこと、言わなくたって分かってるでしょ?)  それより、白ウサちゃんの渡したコースターの行方が喉に刺さった小骨のように気にかかったままだ。 (コースター、持ち帰ったのかな。後でゆっくり聞いてみよ。でもなんてきけばいいんだろ) 「使っていいタオル、ここ置いとくね」  浴室にいる深森に声をかけたが返事がない。シャワーの音がしてるので薄く扉を開けると、腕を掴まれ、開かれた扉の向こうに引き込まれた。 「うわっ! みもりっ! なにすんの」  高い位置に固定されたシャワーの温い湯を浴びてしまった。濡れた頭をふるふるしてから、深森の悪ふざけを詰る。   「返事ぐらいしてよ」  だが深森は相変わらず不機嫌そうなしかめっ面のままだ。普段なら教室で深森がこんな顔をしようものなら卯乃が指先で眉間を解して「顔怖いよ~ 笑って」なんて茶化すのだが、今はそんな空気感ではないと流石に自嘲した。  古い浴室、逞しい深森の裸体が少し暗めのあかりに照らされている。真正面からまじまじと見つめてしまった。 (またちょっと日に焼けてる。春よりまた身長少し伸びたかな?)  この夏トレーニングと練習試合に明け暮れてた深森は身体が一回り大きくなっている。筋肉の盛り上がった逞しい肩、濡れて前髪が下りて目元より鼻から口元にかけての端正なラインが強調されてセクシーだ。頭の上から爪の先まで、男性的な美に溢れているから、こんな時でもつい見惚れてしまう。 「深森、なんかいって」  小首をかしげ、甘えるように漏れた呼び掛ける。目線はあったがだがまだ口はきいてくれない。今ちょっとアンニュイな表情をしてるから、切なげに見下ろしてくる眼差しから余計に色気が滴って堪らない。 (オレの彼氏、やっぱ格好いい)  同じくスポーツをしている爽やかな高校生と見比べても、より大人っぽく見える分魅力が増して感じる。  卯乃も無意識に誘うような色っぽい顔になって唇に降りかかった雫を舐めた。  さすがアスリートとも言うべき発達した胸筋から割れた腹筋にかけての陰影が色濃く、それが雫に彩られて美しいのにどこか隠微だ。  この身体に抱かれた記憶が卯乃の身体に染み付いている。ぎゅんっ、と下腹の当たりが重たく疼いた。卯乃がメスうさぎならきっとじわっと濡れるほど。 (すごく、触りたかったよ。抱きしめて欲しかった)  ガラスの向こうに隔てられて、見えるのに遠くてすぐそばに行けないのが悲しかった。抱きしめられて、深森が自分のものだって実感したかった。  純粋で可愛いウサちゃんと思われがちだけど、卯乃の中にだって深森を求める欲が渦巻いてる。  だが、どこか心のどこかにまだモヤモヤがある。卯乃は求め伸ばした指先を引っ込めて胸元で握った。  

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