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番外編 内緒のバイトとやきもちと17 side卯乃 終

「うう、腰痛い」」  再び目覚めたらすっかり日は高く昇っていた。レトロな扇風機の風をうけ、短冊が白ちゃけた風鈴がチリーンとなる。  タンクトップに短パンで胡座をかき、ちゃぶ台の向かいに座った深森はすまし顔でソーメンをすする。卯乃は胡座をかいた自分の太ももに無数付けられた真っ赤なキスマークを見て、腰をさすりながら恨めしげに呟いた。 「腰だけじゃなくて色々痛いなあ」 「自業自得だろ。お前が乗っかってきたんだから」 「そりゃそうだけどさ。あんなにした後で、日が昇っても離してくれないとは思わないでしょ」 「嫌だったか?」  食べる手を止めて深森はふざけもせずに尋ねてきた。ニャニャモ似の瞳に見つめられると弱いのだ。 「嫌じゃ、無いけど、今日は午前中からプール行きたかったなあ。買い物もしたかったし」    モゴモゴと呟いてから、卯乃はご馳走様、と呟いて麦茶をごくごくと煽る。 「プールか……」  夏の予定を立てた時、深森は卯乃をプールや海に行くのを嫌がった。なんでなんで?と詰めよったら卯乃の肌を他の男の前に晒したくないという理由だったから呆れてしまった。  オレも男なのにと言ったけど「そんなモチモチ美肌を晒されたら、どんな奴がよってくるかわからん」と深森は譲らない。 「深森がずーっと一緒にいて、守ってくれるから大丈夫でしょ?」  なんて甘えて見せたら、ひざ丈のバミューダパンツには織物のパーカーを身に着けてならOKとようやくお許しが出たのだった。せっかくだからと下は同じスポーツメーカーの鮮やかなブルーの水着をお揃いで買った。 「プール行きたかったなあ。折角水着買ったのになあ。深森が変なとこに沢山キスマつけたから、絶対パーカー脱がないって約束できるのになあ」  ほらみてよ。と胡坐をかいていた太腿を立てて、タンクトップの裾を捲って腹に沢山無数に散った痕を晒す。朝鏡の前で着替えた時、特に乳輪の周りが執拗で赤面してしまった程のあとだ。唇を尖らせたら、さすがに真っ赤な顔になった深森が頭を下げてきた。 (深森の赤面、レア。可愛い) 「分かった。悪かったって。プール……。確かホテルで夜に営業しているプールがあるって熊田が言ってたな」 「やったあ。ナイトプールじゃん! 楽しそう! 行こう! 深森ありがと」 「じゃあ、あいつにどこがいいか聞いてみるか。素麺ご馳走様でした」 「はーい。熊田くんに聞いて、聞いて! 今日天気がいいから夕焼けがみえる時間から行きたいなあ。あ、デザートの西瓜取ってくる」  深森がスマホをいじり出したので、卯乃はノリノリで立ちあがる。尻尾ふりふり台所に向かいながら、ふと思い出した。 (こんなん聞いて呆れられるかもだけど、やっぱり 昨日のコースターのこと聞きたい) 「あのね……」  食べやすく切った西瓜の入った皿を手に戻ってきたら、スマホの画面を見ていた深森が首をかしげているところだった。 「どうしたの? 予約とかしないと駄目だった?」 「いや熊田のやつがなんか意味の分からないことをいってる」 「なになに?」    SNSの画面を覗き込んだから昨日四人で撮った写真と共に、追伸のようなコメントが送られてきていた。 「『卯乃ちゃんにコースターどうしたか聞かれたら、俺が処分したと答えろ』ってなんのことだ?」  ピンと来た卯乃は(うわあ、熊田君グッジョブ!)と小さくガッツポーズをしてしまった。 「コースター。えへへ。そっかあ」 「なんだよ、にやにやして。お前はわかんの? 熊田と何か裏でコソコソやってんの?」  またぞろ、熊田ともあらぬ疑いを掛けられて機嫌が悪くなられても困る。卯乃はほっとしたのも相まって素直に教えることにした。 「深森、白兎の子に飲み物運んでもらってたでしょ? ふれあいコーナーご利用のお客様には、ウサちゃんの写真の入ったコースターをプレゼントする決まりがあるんだ。うちのお店のお姉さんたちあんなふわふわ可愛い感じだけど超肉食だから、気に入ったお客様にコースターに自分の連絡先付けて渡すんだよね。それでお客様と付き合ってる子もいるんだよ。告白も軽くするし、即付き合うし、まあ、即別れもするけど」  卯乃は深森の隣によいしょっと隣に座って西瓜をシャクリと1口食べた。 「あまーい。深森も食べて」  すると顔がずっと近づいてきて唇を舐められた。 「確かに甘いな」 「うわっ、マジか。深森ってそういうこと出来ちゃうんだ。なんか手馴れてる」 「手慣れてない。お前だけ。卯乃が可愛い顔したから」  しれっと言われたので、卯乃は上目遣いのまんま楊枝にさした西瓜をあーんと深森の口に入れてあげた。 「美味い」  ニコッと笑うとまだあどけない笑顔で、イケメンのこれがまたたまらなく良い。 (ヤバい、我が彼氏ながら沼らせるタイプ) 「お前がいるのに、こっちから連絡しないし、告白なんてされるわけないだろ」 「だよね。告白されてもさ、大事な人いたら絶対受けられないし、この先もちゃんと断れば大丈夫だよね」 「はあ?」 (あれ、えっと?)  まずい、と思った時は遅かった。ちょっと逃げ腰になったら楊枝をちゃぶ台に放るように置いた手で、手首をがしっと掴まれる。 「告白、されたのか? もしかして、昨日お前の手、こんな風に掴んでたあいつか?」 (ふわーん。やっちまったあ!! そんでもってみもり無茶苦茶勘がいい!!)  やっぱり昨日、高校生に告白されたことまでは深森に知られていなかったみたいなのだ。  しらばっくれようにもすぐに顔に出る卯乃の気持ちが深森にバレなかったことはほぼない。   「わあっ」  軒下に吊るされた風鈴が網戸越しに目に入る。素早く畳の上に押し倒されたからだ。 「今日、この後出かけたいなら大人しく白状した方が身のためだぞ」  卯乃の頭の上らへんで両手を押さえつけられ、見下ろしてきた深森の顔は少し怖くて、ゾクゾクするほど格好がいい。綺麗なマスカットグリーンの瞳がまた妖しく揺らめいて光る。  卯乃は負けじと両方の踵を深森の腰に引っ掛けてぎゅうっと足だけで抱きついた。 「じゃあ、キスして「ヤキモチ妬きでごめんね」って可愛く言ったら話してあげる」 「はあ? なんだと!」 「だってヤキモチ妬かれる度にオレ、こんなんじゃ身が持たないもん。可愛く謝ってくれたら、いいよ、オレのこと大好きなんだって思えるもん」 (なんちゃって。クールな深森がどうでるかな?)    ニヨニヨしながら様子を伺っていたら深森が「この、悪ウサギ」と吐き捨ててから片眉を釣り上げてセクシーなオーラを醸し出した。  そのまま柔らかい卯乃の首筋に鼻先を押し付け、汗でしっとりした首筋の赤い痕に更に重なるようにキスをする。  片手が外れたかと思ったら身をゆっくりと起こし、タンクトップをめくられて、上下する胸もとを見下ろされる。イタズラな指先が卯乃の胸に着いた赤い痕をするするとなぞり、ふるふると立ち上がって揺れる胸の赤い飾りの当たりを掠めるように触れもどかしい。 「痛い? ヒリヒリする? 沢山つけちゃったな。俺の、痕」 (た、食べられる)  そう直感的に思うような野性味を帯びた表情で深森は卯乃を見下ろしながら、掴んでいた手を引っ張りあげてその甲に目を閉じてキスをひとつ落としてきた。 「ヤキモチ妬きでごめんな」  キザな仕草も少しだけ弱ったような切なげな声も表情もたまらなく良くて、卯乃は思わず声に出して叫んでしまった。 「カッコよすぎだろおおおお!」  するといつものようなトーンに戻った深森がニヤリと笑う。 「俺は正直に謝ったぞ。洗いざらいはけ。あの店でお前が客から誘われたり、告白されたりした話、全部だ」 「ぜ、全部? 高校の時からバイトしてるからいちいち全部は覚えてないけど」 「……俺はこんな風になるの、嫌なんだけどな。お前にバイトやめて欲しいなんて一瞬でも思ったの、情けない。恋愛とかあんまり興味なかったし、こんな周りが見えなくて狂ったみたいになっちまうの、なんなんだろうな」 「あー。だからさあ。恋は盲目っていうんじゃない?! 昔の人って上手いこと言うよね」 「お前、俺がこんなんなって、怖くないの?」 「えへへ。ぜんぜーん。一番に愛されるの嬉しいよお。 それに深森は身体が大きいから、がるる、にゃおーんってなるから派手なだけで、オレだってもっとマッチョででかかったら大迫力で深森ビビってると思うよ。ちっちゃいから気にならないだけで、オレだって白兎が深森に馴れ馴れしくしてたのすげームカついてたし、サッカーの練習中に深森の所に沢山女の子寄ってくるのも手紙とか渡されるのもモヤモヤしてたよ。……ほんとは、付き合う前から」 (あ。白状しちゃった)  深森ひくかな、と思ったら逆だった。深森は、照れくさそうにふーんって笑って「そっか、付き合う前からか」なんて独り言をいった。  その後自分も畳にごろりんと卯乃の横に寝て上機嫌そうにしっぽをパタパタ振ったから、卯乃は「やっぱ、お前可愛い」とニコニコ笑顔になって、深森のほっぺたに音を立ててキスをした。   終

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