68 / 92

第二部 兄が来た! 1

秋空はどこまでも青く、見上げれば胸がすく気持ちよさだ。だが時折吹く風がとても冷たくて、卯乃はふもふとした耳を震わせてミルクベージュのマフラーに顔を埋めた。  今日は天気がいいから大学の芝生広場でお昼を食べようと言い出したのは卯乃のほうだった。深森の為に朝からせっせと拵えたスープを揃いのスープジャーに入れて持参した。  ベンチに二人して腰かけ、身を寄せあって食べ終わったところだ。時間的には練習の合間の休憩中なので、おやつのような扱いになったが、練習で腹を空かせていた深森は嬉しそうに食べてくれた。その後はまったりと共にいられる僅かな時間を楽しんでいる。 「くしゅっ」  「だから中のベンチで食べようって言ったのに。大丈夫か?」 「そうだけどさあ。天気もいいし、深森とできるだけたくさん一緒にいたかったんだもん。ここの方がグランドにずっと近いでしょ?」 「このところ練習ばっかで一緒にいられなかったからな」  言外に『ごめんな』という雰囲気が滲みだしていたので、卯乃は少し腰を浮かした卯乃は深森によりかかると、へろんっと垂れた耳ごと頬を寄せ合せ、深森の頬にすりすりする。 「明日の新人戦決勝までいけるといいね。楽しみにしてるんだよ。頑張って」 「ああ」  深森は「こそばゆい」といいながらも卯乃にされるがままになっていた。とても頑健で逞しい王様みたいな見た目の卯乃の恋人だが、繊細な部分も持ちあわせていると卯乃は知っている。だから試合前の彼の緊張は少しでも取り除いてあげたかった。  夏に恋人同士になった二人は、相変わらずの仲良しだ。元々気の合う友人同士だったせいもあってか、付き合ってから喧嘩の一つもしたことがない。  初めの頃こそ恋で色ボケなんて断じてやめよう! なんて言っていたくせに、秋の深まりとともにより引っ付きあうことが多くなり、今ではすっかり周りの目を気にすることはなくなった。  二人がお付き合いしていることは大学では周知の事実で、むしろ『バカップル』とまで言われる程の仲睦まじく過ごしている。後期の授業では重なる科目が減ったけど、昼食以外もこうして構内のそこここで会えるように工夫している。  卯乃を抱き寄せていた深森が手の平で頬を撫ぜてきた。今度は卯乃の方がこそばゆそうに眼を細める。 「卯乃、頬熱い。声もちょっとかすれてるし、風邪気味なのか? あったかくしないと駄目だぞ」 「うん。ちょっと寒いかも」 「これでどうだ」  深森は飲み終わった珈琲のカップを座面に置くと、卯乃の肩を抱いてさらにぎゅうっと引き寄せた。後ろではもっふもふの尻尾が卯乃の腰を守るように回された。 「ふふ。あったかーい」  夏場はあんなにしおしおしていた深森だが、北国育ちにもふもふ被毛をもっているので寒さにとても強いのだ。心地よい温みに包まれていると、心底落ち着く。 (深森と夏休みの時みたいにこうしてずーっと一緒に入れたらいいのにな)  秋になって冬が近くなったらまたあの寂しくてニャニャモや家族、そしてなにより深森の不在が時折むしょうに寂しくてたまらなくなってしまったのだ。もちろん夏休みが明けた後も、二週間に一度は必ず卯乃の家に泊まりに来てくれていて、泊まれなくとも遊びには来てくれていた。しかし……。 「はあ」  無意識に小さなため息をついた卯乃に深森はくしゃくしゃっと頭を撫ぜて顔を覗き込んできた。 (しまった、オレ今ため息ついちゃった) 「どうした?」 「うーうん。なんでもないよ。深森、練習忙しいけどちゃんと休めてる?」    ちょっとした憂いを頭から振り払い、卯乃は慌てて話を反らす。このところ深森は放課後ともなれば日々サッカーの練習に明け暮れている。そしていよいよ明日、秋の東都大学リーグの新人戦の決勝の試合があるのだ。もちろん卯乃も張り切って応援に行く予定だ。すでに全日本大学サッカー新人戦への出場できる上位のチームに入ってはいるが、やはりリーグ戦を制して志気を上げていきたいところらしい。

ともだちにシェアしよう!