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番外編 未明の深森 昼下がりの卯乃 15

「急にキスしようとしたらびっくりするだろ」 「すごい可愛い顔で見てくるから、キス待ちなのかと思ったんだ」 「ええ!」  なんてしれっと言われた。 「深森って恋人にはこんな感じに甘々なんだね。ああ~、もう慣れないよお」 「慣れてくれないと困るな。俺はずっとお前に触りたかったんだから」 「ふうん、そうなんだ。実はオレも同じ」 「お前の場合は俺の猫姿だろ」 「バレたか。でもどっちも深森だろ? オレとっては深森はどっちも好みど真ん中なんだよ」 「そっか」 「そっけなーい」  甘え声で咎めてぺしっと尻尾を軽くはたいたら、深森のふっさりした尻尾からやり返された。 「……卯乃は今まで男絡みで色々嫌な思いをしてきただろう? だから一番傍に居た俺までお前に手を出したら、お前を苦しめることになるんじゃないかって葛藤は、なくもなかった」    ゆらゆらと揺れる尻尾は普段言葉少ないな男の気持ちを雄弁に表していて、深森の深い愛情に卯乃は胸をぎゅっと掴む仕草をした。   「深森……。そんな風に考えてたんだ。……そんなことないよ。深森は他の誰とも違うもん。大好きだよ」    むぎゅっと抱きしめ返したら、照れたのか「飯、食べるぞ」と深森はそっぽを向いた。  ガツガツしつこい男に付きまとわれることが多かったから、深森のぐいぐい来たかと思ったらこうして照れる仕草はすごく好感が持てる卯乃なのだ。  リビング的に使っている茶の間に移動してちょっと古いクーラーががががっと音を立てて部屋を頑張って冷やしてくれている。 「「いただきまーす」」  二人で隣同士に胡坐をかいて肩を引っ付けあい、食べる冷やし中華は絶品だ。お昼どころかもう夕方、雨は降り続いているからうだるような暑さは落ち着いたようだ。  ひとしきり食べることに集中してから顔を上げる。するといち早く食べ切った深森が家族写真が飾ってある方をじっと見て口を開いた。 「これ、卯乃の家族?」 「そうだよ~ 前に言ったかもだけどうちお父さん2人とお姉ちゃんとお兄ちゃんが双子なんだ」 「この写真の卯乃、すごくちいちゃいな」 「それはここに来たばかりの頃」 「可愛いな。卯乃は、ご家族に大切に育てられたんだな。みなさんにいつかきちんとご挨拶したい」  そういうと深森はがっしりした腕を胡坐をかいた足に乗せて背筋を伸ばした。まるでそこに卯乃の家族がいるかのように畏まったから卯乃は大げさだなあと微笑んだ。 「深森、なんだかプロポーズするみたいな意気込みだ」  するとすごく真面目な顔で「そのくらいの気持ちなんだが」などと頷いている。 「じゃあ、写真に向かって練習してください、深森選手」 「はあ? なんだその無茶ぶり」 「オレならこういうかな。『男前ですごく優しい深森君を是非ともボクの伴侶にさせてください。一生大事にします。彼の毛並みがずっともふもふでいられるぐらい、愛情をもって手入れします」 「なんだ、やっぱり本性の姿目当てか」 「えー。だってどっちも深森だろ」 「『私は卯乃さんの笑顔が大好きです。この笑顔を護れるような頼りがいのある男になりますので、交際を見守ってください』」 「護って~! オレも護るよ! 深森が大好きなサッカーで活躍できるように応援するし、寂しい時は傍に居てあげるね」 「それはお前だろ。甘えんぼ、寂しがり屋ウサギ」 「あはは、そうだ。オレだった」  冷やし中華を食べ終わった後は、胡坐をかいたままの深森の膝の上に乗って、キャロットプリンに舌つづみ。   「こんな幸せなひとときったらないね」 「そうだな。こんな幸せな気分は一人じゃ作れない。お前がいないとな」 「うまいこと言うお口にはこれでもどうぞ」    深森の口にもプリンの乗ったスプーンを突っ込みつつ、卯乃はこんな幸せずっと続いて欲しいなあと微笑んで、そして写真の中からこちらを見ているニャニャモに向かって(ニャニャモのお陰で大好きな人と巡り合えたよ。ありがとう)と心の中でお礼を言った。                                               終

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