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第二部 兄が来た! 24

 翌朝。目が覚めたらぬくぬく逞しい恋人の腕の中で目を覚ました。  ブカブカの深森のロングTシャツを着て、深森のジャージ素材のハーフパンツの腰をこれでもかと絞られている。   「……おはょ」 「おはよう。身体大丈夫か?」 「うん」  昨日よりは体調が上向いた卯乃はかすれつつも声が出せたことに胸をなぜ下ろす。  深森の寮の部屋に来たのはこれが二度目だ。余り物が置かれていないスッキリとした部屋は小物の多い卯乃の部屋とは真逆の雰囲気を持っている。  そう広くないベッドで、完全に深森に抱き込まれて眠っていたから深森と肌が重なっている当たりがほんのり汗ばんで感じる。  深森が先に身体を起こしてスマホを確認している。筋肉の付き方が美しい上裸を晒す深森は何度観ても格好がいい。端正な横顔を下から見あげると、「どうした?」と微笑まれた。 (昨日の自分を猛省してます……、お恥ずかしい)  卯乃はくしくしと耳に触って照れを隠す。  昨日は声が出なかったから思う通りに気持ちが伝えられなくて、もどかしくて狂おしい気持ちになった。  だから深森に触れていたくて、どこまでも交わりたくて仕方なかった。愛や執着や焦りそんなもの全てをぶつけるように、あんなにしつこく深森に迫ってしまった。 (でもちょっと苦しそうな顔つきをすると、深森って余計に色気が凄いんだよね。あれ見るの好き。またしちゃうかも)  深森は卯乃の変化を見逃すまいと顔を覗き込んで来たが、頭の中まで覗き込むような澄んだ瞳に恥ずかしくなってしまった。  卯乃は腕からはい出そうともがいた。 「動けそう?」 「うん」 「卯乃かかりつけの病院はある?」 「うん。家の近く。保険証とかあとからでも怒られないと思う。小ちゃい頃から通ってたから」    そうと決まればと言った感じで行動を開始した。卯乃は食欲はあまりなかったので深森だけが寮の朝食を取り、深森が持ってきた牛乳のパックを飲んだ。  人生には急に想像もつかない方向に転ぶ日があって、今日がその日のようだ。  卯乃を送り届けたらそのまま試合会場に行ける格好に深森は着替え、卯乃は深森の服をそのまま借りた。  ブカブカの深森のロングTシャツを着て、深森のジャージ素材のハーフパンツの腰をこれでもかと絞られている。すんっと袖口を鼻先につけたら大好きな深森の香りがした。  幼い頃からかかっている町医者のおばあちゃんに「卯乃はちっちゃい頃からこんなんだったからねぇ。養生したら治るだろ。えらい男前猫くん、彼氏かぁ?」  なんて言われて2人して「「はい」」とかいい返事をして先生と看護師さんたちに爆笑されて、ほっこり気持ちが和んだ。  自宅に送り届けられ、タクシーからおりて自宅に続く路地を並んで歩く。 「卯乃、もう俺に遠慮して体調悪いの隠すとか無しな。俺は人生でサッカーが一番大事って思われてるかもしれないが、違うぞ」  ボソッと言われて肩を引き寄せられ、卯乃は涙が滲んでしまいそうになった。 「うん、ごめんね」 「いいんだ。お前ちょっと様子おかしかったの、ギリギリでも気づけたの、俺。偉かったと思ってる」 「ほんと深森偉い」  卯乃は茶化して笑ったつもりだったが、深森は背筋を伸ばし、真面目な顔をしてまっすぐ前を向いている。 「我慢強くてもいい事はないぞ。うちの母さんが病気で入院した時も、仕事もいつも忙しくて家族のことも優先してって感じで自分の事は二の次にして来たら倒れた。そんなの誰も喜ばん。自分を大事にして欲しい」  初めて聞く話だった。卯乃が立ち止まったら、深森も立ち止まる。 「俺、本当にお前と家族になってずっと暮らすって思ってるから。だからさ……」  卯乃の両肩をがっしり掴んだ深森は屈んで顔を近づけてきた。  一度離れて二度三度。  柔らかな感触が唇に触れる。 「卯乃の家族にちゃんと会って挨拶する。卯乃さんを俺の番にさせてくださいって」 「深森……。オレ今ヘンテコな格好しててるのに……」  またも照れ隠しにそんなことを言ってしまったが、卯乃は深森の大きな身体に腕を伸ばして抱きついた。 「すっごい幸せだ!」  2人仲良く手を繋ぎ、プラプラと振りながら家の前まで歩いてきた。空はキラキラと今日も青くて風は乾燥して冷たい。だけど不安だった夜とは違ってなんとも清々しい気分だ。 (深森が側にいくれたら、オレなんでも出来そう) 「卯乃が応援してくれてるって思いながら試合すると、俺何セーブも余裕でできそう」  似たようなことを深森が話してきたから、やっぱり深森は自分にとって運命の人だと卯乃は思うのだ。 「 こんな風にずっとずっと仲良く、おじいちゃんになっても暮らせたらいいな」 「卯乃!」  二人、仲良く歩いてきたら、玄関の扉がガラガラっと勢いよく開いて中から兄が飛び出してきた。  

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