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第二部 兄が来た! 25
玄関の引き戸を開けていきなり足を引っかけ、兄はよろけたので卯乃は反射的に駆け出した。
もちろん深森がそれを追いかけぬはずがない。結果玄関前にしゃがみこんだ兄に二人そろって手を差し伸べた。
(兄さん、髪の毛も耳の被毛もぼさぼさ。いつもは起きてすぐにきちんと整えてるのに……)
こんなに弱り切った兄の姿を卯乃は初めて見た。兄はそれでも毅然と顔を上げ深森の手をぐいっと押しのける。そして立ち上がり、正面から卯乃の腰を抱いて引き寄せた。
「卯乃……。心配したぞ」
すっぽりと腕の中に抱きしめられるのは、幼い頃からそうされてきたから慣れっこだったが、昨日幼い頃以来口にキスをされてしまったから少々気まずい。
ちなみに卯乃の深森以外のファーストキスは保育園の頃、姉と兄からだが、これは一応カウントには入れていないことにしている。
「兄さん、心配かけてごめんね。病院も行ったから大分調子良くなったよ」
「一晩中、眠れなかった」
抱きしめられるというよりも、縋られているような切ない抱擁だった。こんな姿を見たら憐憫からきゅうんっと兄を可哀そうに思ってしまう。
卯乃はおずおずと自分も兄の背に手を回しながらも、ちらりと深森に視線を向ける。
すると深森は複雑そうな表情で腕組みしながら見守ってくれていた。
(深森が兄さんに何を言われたのか分からないけど……、あんまりよく思ってないみたいなのは分かる)
だがプロポーズやキスの事がばれていたら、昨日あんな感じじゃすまなかったはずだとも思う。深森は恋人を溺愛するタイプだが、嫉妬は隠さない。それを愛情の深さだと図ってしまうところがある卯乃にとっては最高の恋人だといえるのだから、二人は兎に角相性がいい。
だが黒羽も卯乃への重苦しい程の愛情の掛け方は負けていなかった。恋人の前でも全く引かずにむしろ見せつけるように抱きしめる腕に力を籠める。意地でも卯乃を離さないと必死な様子だ。
「兄さん、くるしぃ」
「まだ体調が良くないんです。放してあげてください」
深森が兄の腕をぎりぎりと掴むが、兄は動じず無視を決め込む。爪を立てるぎりぎりのところで踏みとどまっているが、深森も押し殺した声に反して興奮で頬に赤みが差している。
「……卯乃、今からでも遅くない。僕の家に来ないか? しっかり体調が治るまで面倒を見させて欲しい。彼は寮住まいなんだろう? サッカーの練習も忙しいときく。僕の方が看病するのに適任だ」
「え……、誰から聞いたの?」
「あたしが深森君の話をしたのよ」
最後まで聞く前に再び後ろでがらがらがらと扉が開いて、長い黒耳と派手に化粧が施された顔がひょっこり現れた。三人の子の子持ちには見えないギャルっぽい見た目の姉は「卯乃ひさびさ!」とぺろっと舌を出しながら明るくピースサインを繰り出した。
「紅羽姉さん!」
すると続いて姉の後ろからは小さな影が二つ飛び出してきた。
「「卯乃にいに」」
姉の双子の息子たちはすごい勢いで深森と黒羽すら押しのけると、両側から卯乃の腰に抱き着いて来た。
「卯乃にいに~ 可愛い~ 会いたかったよ」
「遊ぼ、遊ぼ」
「こら、あんたたち。卯乃はまだ体調良くないんだから騒がないで」
「わあ、久しぶり。いつ来たの?」
「昨日黒羽から連絡もらってさあ。あんた凄い剣幕だったわよ。お前は卯乃に恋人がいたことを知ってたのかって。あたしだけじゃないわよ。ねえ?」
さらにがらがらっと扉が開いて、今度は一番下の子を抱っこした姉の夫と実兄の睦月、その番の狐獣人までもが「やあ、おまえら、面白いことになってんなあ」とニヤニヤしながら二階の窓から手を振ってきた。
流石に唖然としている深森をよそに、今度は路地の入口の方からけたたましいキャリーケースの音が聞こえてきた。
「卯乃ちゃん! 寝てなくて大丈夫なの?」
向こうから手を振りながらものすごい勢いで走ってきたのは卯乃によく似た華奢なロップイヤーバニーの男性だった。その後ろからさらに沢山のお土産と思しき紙袋を抱えて、白髪交じりの黒耳兎のイケオジが追いかけてくる。
「紅羽から聞いたよ。駄目じゃないか。体調が悪いならパパたちを呼びなさいってあれほど言ったのに!」
「えええ! パパと、お父さんも? 仕事忙しいんじゃないの?」
「卯乃の一大事に私たちが駆けつけないで誰が駆けつけるというんだ」
半年ぶりの父たちは卯乃によく似たパパの方はパパというより卯乃の兄で通じるような見た目をしている。お父さんの方はそのまんま出張中のサラリーマンのようなスーツ姿だった。もしかしたら本当に出張先からここに駆けつけてくれたのかもしれない。久しぶりに家族が集まって、ニャニャモそっくりな深森まで傍に居てくれて、卯乃は嬉しくてニコニコと頬が緩むのを抑えきれなくなった。
もう、そこら中見渡す限りに兎の耳だらけになってしまった。
「みんな、過保護すぎるよお。ゆっくり寝てれば治るんだから、大げさにしないで」
「そうだそうだ。みんなも、そちらの彼にもお引き取り願おう。父さんたち、僕が卯乃の面倒を自分の家で見るから心配しないでください」
「はあ? あんた何いってんの。ついに卯乃に手を出して、その上プロポーズ断られてフラれたんでしょ? いつかはやらかすんじゃないかって思ってたのよねえ」
「断られてはいない。そうだよな? 卯乃? 体調が悪い時にあんなことをいって悪かった。ちゃんと仕切り直して素晴らしいサプライズプロポーズをするから待っていてくれ」
「いやいやいやいや、昨日は声が出なかったから何も言えなかっただけだってば」
甥っ子たちすら押しのけて再び黒羽が卯乃の腕を掴む。負けじと反対の腕を深森が掴むから、卯乃は綱引きの綱よろしく、真ん中で立ち往生してしまった。
「卯乃……、プロポーズって? どういうことなんだ?」
(ああ、バレた。深森怖い顔してる)
先ほどまでの鷹揚な表情から一転、またあの鋭い目つきになった深森は同じぐらいの強さで睨み返してくる兄と真っ向から対峙した。
「卯乃を幼い頃から見守ってきたのは僕だ。ぽっとでの恋人とは歴史の重みが違う」
「ぽっと出でも何でも、今、卯乃の恋人は俺です。いずれ番になります。お兄さんは兄としての自分の役目を全うしてください」
お互いに一歩も譲らずに睨み合う二人に、今度は父親たちまでもが負けじと参戦してきた。
「手を出しただと? プロポーズってなんだ?」
「卯乃の番? そこまでは聞いてないぞ」
父たちが次々に怒気を帯びこめかみをぴくぴくさせながら黒羽と深森に迫りくる。紅羽と息子たちが卯乃の背中を押して家の中へと退避させようとしてきた。
「卯乃は体調悪いんだから、早く横になりなさい。看病は私たちがしてあげるから、あんたは二階。今日はみんなでお父さんたちのお土産を肴に酒盛りしちゃうかもね~」
家族が集まったらみんなでワイワイ酒盛りをするのは定番コースだ。後ろ髪かれながら家の中へと押し込まれるが、ちらりと後ろを振り向いたら、まるで三つ巴の争いのように、父たちと深森、黒羽が顔を突き合わせて卯乃の事についてやいのやいのと喋っている。
「こんなの、全然休まらないよお」
そう言いながらも甘えんぼ卯乃は自分が大切に思う人たちから湯水のごとく与えられる愛情をひしひしと感じて、もう明日にはすっかり体調は良くなってしまうんじゃないかなとそんな予感に微笑んだ。
終
☆ご覧いただきありがとうございました。
皆様に見守っていただきましたお陰様をもちまして一か月頑張って更新&書いては投稿を繰り返すことができました。ほんとうにありがとうございます。
大病をしてから書くペースが遅くなった鳩愛ですが、現在はとても元気で、元気すぎて仕事が忙しいため中々書く時間が取れませんでした。でもまたこうして毎日書いてコツコツ続けることを目標に来年は原稿を書き貯めたいなあって思いました。その節はよろしくお願いいたします。
ここでいったん終了ですが、黒羽のプロポーズ&手を出した発言に青筋がぴきぴききてる深森との熱い番外編を書きたいなって思ってます✨
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