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九 また近いうちに

 八木橋たちがやってきたのは、フルーツ専門店が運営するスイーツ店だ。ショーケースの中には、宝石のような美しいタルトや、季節のフルーツがふんだんに使われたケーキなどが並んでいる。他にはパフェやパンケーキ、フルーツサラダなどもある。 「ここ、果物が新鮮で、クリームもそんなに甘くなくて、美味しいんだ。オススメだよ」  そう言って、ニコニコと八木橋はメニュー表をアオイに手渡す。甘いものがそれほど得意でなくても、美味しいと思ってもらえる店だと、八木橋は思っている。 「そうなんですね。お勧めのメニューはありますか?」 「何を食べても美味しいけど、やっぱりタルトは食べてほしいかなぁ。フルーツはね、今の季節ならさくらんぼ、ブルーベリー、キウイ、マンゴー。それからメロン!」 「メロン、お勧めです?」 「これ、すごく美味しいんだよ。クラウンメロンって言って……」 「へぇ。それ良いですね」  八木橋は旬の果物を使ったケーキを勧めた。イチゴやマンゴーは比較的、通年食べられるが、旬のものは今しか食べられない。それに、旬の果物は味がまったく違うのだ。特にこの店は鮮度と糖度にこだわりがあるため、間違いなく美味しいものを提供してくれる。 「じゃあ、オレはこのメロンにしようかな」 「良いね。僕は……どうしようかな」  アオイにはお勧めしたものの、自分ではまだ迷っている。今年はまださくらんぼを食べていないし、メロンももちろん気になる。特にメロンは、アオイが選んだものだけでなく、他にも種類があった。唸りながら迷っているのを、じっと見られているのに気が付いて、八木橋は顔を上げて困ったように笑った。 「ごめんね、優柔不断で」 「大丈夫です。ゆっくり選んで」  甘い微笑みでそういうアオイに、ドギマギしてしまう。アオイのほうが、ずっと大人っぽいような気がした。 (なんか、恥ずかしいな。大の大人がケーキ一つ選ぶのに、こんなに時間かけて……)  チラリ、アオイを見る。アオイは「ゆっくりで良い」といった通り、穏やかな表情だ。 (あ……、泣きボクロ……。ちょっと、雰囲気あるよな、アオイくん)  綺麗な子だと、思う。纏う雰囲気が何処か魅力的で、妖しくて。少しだけ、危険な匂いがする。少なくとも、『普通の大学生』には見えない。八木橋は夜の顔を知っているから、その理由がなんとなく解る。にじみ出る雰囲気が、普通の家で育って、普通に学校に通って、大学生をしている青年とは、違う気がした。  ゲイ――。というのを、八木橋は意識したことがない。なんとなく、雰囲気はあるが、実際にそういうシーンを見たわけではない。「そうなんだな」というくらいの意識でしか、考えていない。アオイがそうなんだというのを頭では理解していたが、実際にはよくわからない。遠い世界の話のようだ。 「うーん。やっぱりメロンかなあ……」  アオイがクスリと笑う。それから、メニューを指さして、いたずらを思いついた子供のような顔をした。 「じゃあ、また一緒に来て、次はさくらんぼにしたらどうですか?」 「え?」 「近いうちに」 「――終わる、前に?」  アオイの言葉に、少し考え込む。季節ごとに移り変わるメニューは、大抵は一か月以内に切り替わる。早い場合は二週間程度で変更になるだろう。さくらんぼがいつから始まったのか、八木橋は正確に把握してはいないが、大抵はあと数十日のうちに終了してしまうだろう。 「終わる前に」  はっきりとそう言うアオイに、八木橋は気持ちが浮つく。アオイが八木橋と友人になろうとしてくれているのは、なんとなく察していたが、また誘われるとは思っていなかった。今日のこの時間も、本当は退屈していて、八木橋に付き合うようにケーキを食べることを、楽しんでくれているとは思っていないからだ。  だが、そうではないのかも知れない。アオイは、八木橋と過ごすのを、良いと思ってくれているのかも知れない。  そう思うと、嬉しくなって、顔が思わずふにゃりと緩む。 「い、良いの?」 「勿論。また、デートしましょう」  そう言って、アオイがテーブルに置いた手に自分の手を重ねて来た。ドキリ、心臓が跳ねる。アオイはそのまま手を掴み、小指同士を絡め合う。約束だと、笑った。 「じゃあ、また……近いうちに?」 「近いうちに、来ましょうね」  指切りなんて、いつぶりだろうか。八木橋は、子供のように嬉しくなって、つい頬を緩めた。

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