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二十五 不意の来客

 美鈴に別れを告げ、台帳を片付ける。すっかり話し込んでしまった。 (早いところ帰る準備しないと。アオイくんが待ってたら悪いし)  時間的にはまだ余裕があったが、八木橋は誰かを待たせるのが苦手だ。アオイは気にしないだろうが。そう思って、思わず口元に笑みを浮かべる。自分は、思っているよりアオイのことを理解しているらしい。 (不思議な感じだ)  こうして二人の時間を過ごすようになって、まだそれほど多くの時間を過ごしたわけではない。けれど、アオイの考えは不思議と解る。互いの好きなものもたくさん知った。八木橋の人生において、アオイと出会ってからは、濃密な時間が流れていると言っても良い。 『付き合う分には障害にならないじゃない』  美鈴の言葉が頭を過る。アオイと自分との間に、どんな障害があると言うのか。アオイは人間として魅力的だ。まだ若いアオイが、自分で良いのだろうかという思いはあるけれど、未来のことは、八木橋が今、若くても同じように解らないものだ。 (迷っている理由――か……)  自分でも解らない『何か』に、モヤモヤする。自分は何を、恐れているのだろうか。  モップを片付け、事務所を出る。施錠して外階段を下りたところに、人影を見つけて、八木橋は目を細めた。  夜中にこんな場所に居る人物に、警戒心が湧く。恐る恐る様子を窺って、その人物に、八木橋はホッと息を吐いた。 「え? 紫苑?」  階段の陰に隠れるようにして、青年が立っていた。紫苑は不安そうな表情を、ホッと和らげる。紫苑は体格は大きいが、まだ高校生だ。こんな夜中に、いる場所じゃない。 「どうしたの? なんでこんなところに……」  そう言いながら、視線で周囲を探す。どう見ても、一人だ。 「あ……。そのっ……。ごめんなさい。八木橋さんしか、頼る人が居なくて、迷惑なの、解ってるんですが……」  瞳を揺らして、ぎゅっと唇を噛む紫苑に、八木橋はふぅと息を吐いた。未成年――いや、十八なら成人だろうか。とはいえ、高校生である以上、まだ保護者が必要だ。放置するわけにもいかない。 「取り敢えず、中に入る?」  今閉めたばかりの店を指差す。紫苑は少し遠慮がちにだが、ハッキリと頷いた。 「八木橋さん……?」  ふと、背中に声がかかる。顔を上げると、驚いた顔でアオイが立っていた。いつもより遅れたから、迎えに来たのだろう。 「あ。アオイくん。ごめんね今――」  紫苑が落ち着かない様子で、八木橋の袖を掴む。不安なのだろう。八木橋は紫苑の背中を優しく叩いた。 「大丈夫だよ。知ってる人だから」 「……誰ですか?」  アオイの声音が、少し低かった。八木橋は(あれ?)と想いながら、紫苑を前に出す。 「この子は望月紫苑って言って――」  言ってから、口ごもる。友人ではない。知り合い、というほど軽い存在ではない。なんと説明して良いか、迷う。その間に、紫苑が口を開いた。 「父親です。俺にとっては」 「――」  アオイが、目を見開く。八木橋が何か言うより速く、アオイは逃げるようにその場を走り出す。 「あっ! アオイくん!」  追いかけようとして、立ち止まる。紫苑を置いていけない。 「あ――紫苑……」 「ダメ、でしたか?」  戸惑う表情の紫苑に、溜め息を吐いて首を振る。紫苑には以前、父親のつもりだと言ったことがあった。彼は悪くない。 「取り敢えず、事務所に上がって、待っていて貰える? 僕は」  追いかけないと。ダメな気がする。  そう言って、八木橋は紫苑に鍵を渡すと、夜の町を走り出した。  

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