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三十 溶け行く時間
シャワーから出ると、二人は勢いのままにベッドに寝転がった。横になると同時に、アオイが覆い被さって八木橋の唇を塞ぐ。
「あ、……はっ、んぅ」
キスの隙間から、くぐもった声が漏れる。自分の声じゃないみたいだ。
八木橋の身体は、シャワーと、アオイに念入りに洗われたせいで、すっかり火照っている。
自身の上に覆い被さる男に、不思議と恐怖心はなかった。薄闇の中、アオイの白い肌が浮かび上がる。細い腰。薄く筋肉のついた、美しい身体。若々しい肉体は、羨ましくもある。
湿って肌に貼り付いた髪と、涼しげな目元の泣きボクロ。自身を見つめる、熱っぽい瞳。
「八木橋さん――……」
アオイがじっと見つめてくる。この年下の男を、愛おしく思う日が来るとは、思ってもみなかった。
「アオイ、くん。……僕の名前、充って、言うんだ」
それはつまり、名前で呼んで欲しいということで。
アオイが目を見開き、嬉しそうに笑う。
「――充さん」
名前を呼ばれただけなのに、ドキリと胸が疼いた。同時に、大事なことを聞いていないのを思い出す。互いに、夜の仕事をしている自覚から、あまり踏み込んで来なかった。
「……アオイくんは、本名じゃなかったりする?」
「ああ――一応、本名です。|深山碧《みやまあおい》。紺碧の碧」
「綺麗な名前だ」
アオイによく似合う。そう思って笑うと、アオイが額を擦り寄せ、鼻先をくっつけてきた。そのまま、自然と唇が重なる。
「……充さん、好きです。誰より」
「うん。ありがとう……。好きに、なってくれて。嬉しいよ。僕も――僕も、アオイくんが、好きだよ……」
じわじわと、幸福な感情が胸に染みていく。八木橋は、自分が今まで、ずっと孤独だったことに気がついた。一人に慣れすぎて、当たり前になっていた。けれど本当は、寂しかったのかも知れない。
アオイの存在が、心を満たしていく。このまま一つになるのが、嬉しいと思える。
「……優しく、するから」
「うん。お願いします」
クスリ笑って、アオイが首筋にキスを落とした。そのまま掌が、肌を撫でる。感触を確かめるように撫でる指に、ぴくぴくと身体を震わせる。指先が、胸の突起をひっかいた。
「んぁ……」
「ココ、触られるのどうですか? 嫌だって人も、いるみたいで……」
「んっ……、イヤ、とかは……ないけど……」
アオイは触りたいのだろうか。そう思い、顔を覗くと、もっと触れたいと顔に書いてあった。ぐっと込み上げるものを堪え、されるがままになれば、唇が乳首に吸い付いてくる。
「っ、ん……」
ちゅぷっと音を立てて吸い付かれ、舌先で擽られる。くすぐったいような、もどかしい快感に、八木橋は身を捩る。甘く、痺れるような感覚に、自然と息が上がっていく。
「はっ……、アオイ、くんっ……、そこ……」
「充さんの可愛い顔、たくさん見られますね」
「ん…」
アオイの唇が乳首から離れ、徐々に腹の方へと滑っていく。柔らかい皮膚をなぞるように、ゆっくりと愛撫され、ゾクゾクと皮膚が粟立った。やがて、鼠径部付近にキスをされ、ビクンと大きく身体を跳ねらせる。敏感な部分に触れられ、顔が熱くなる。
「アオイくっ…!」
「クチでしてあげても良いんですけど……」
アオイはそう言いながら、ゆっくりと唇を離した。
「イって冷静になったら、この先怖くなっちゃうかもしれないでしょ?」
「……そう、かもね」
今はまだ、熱に浮かされている。それに、何度も達することが出来るかどうかの、自信もなかった。アオイにがっかりされたくない。
「時間かけて、解すので」
アオイはそう言いながら、ローションを手に取った。クチュクチュと水音を立ててローションを馴染ませる様子に、ぞわ、と皮膚がざわめく。ぬるり、後孔に指があてがわれる。ぬぷ、と指が挿入される感覚に、「うぁ」と声が出て、咄嗟に口を覆った。
先ほど風呂でもナカを弄られているのに、ローションのせいか、向かい合っているせいか、やけに生々しい。指が内部を蠢き、腸壁を擦る感覚に、ゾクゾクと背筋が震える。
「う――、んっ……」
「入り口付近だけなら、結構気持ち良いでしょ?」
「っ……、う、うん……」
「充さんのココ、まだ狭いから……」
言いながら指が増やされる。ぐちゅぐちゅという音が、頭にまで響くようだ。
「あ、は……、はっ……」
何度も抜き差しされ、ローションが乾けば足され、また内部を擦られる。八木橋の性器はピンと反り立って、先端から白濁をこぼしていた。ふるふると、触れられることがないまま、切なそうに震えている。
「あ、あ……、アオイ……、も……」
「うん」
もう良い。大丈夫だから。そう言っているのに、アオイは指を止めない。もう、随分長い時間、弄られている。そのせいで、だんだん敏感になっているのが解る。筋肉が弛緩し、弄られるのが気持ちよくなっている。
アオイは三本の指を出し入れしながら、拡げたり捻じ込んだりして、中を掻きまわす。ジンジンと、痺れるような感触がして、八木橋は溜め息を吐いた。
やがて、ようやく指が引き抜かれる。さんざん弄られた穴は、ビクビクと震え、ヒダを収縮させていた。アオイは自身の性器にコンドームを着けると、さらにローションを注ぎ足す。ぬるりとした先端が、穴に押し付けられた。
「……挿入れるね」
「っ……、う、ん」
アオイが丁寧にしてくれたおかげか、挿入の痛みはなかった。塊が押し込まれる感覚に、内臓が下から突き上げられるような感覚になる。息を押し殺し、アオイの背にしがみ付き、八木橋は挿入の圧迫感に耐える。
太い先端の部分が入り切ると、内壁を擦りながら奥へと入り込んでくる。思いのほか、深く挿入され、八木橋は「ひぅ」と息を呑んだ。
「あ――、あ……、はい、た……?」
「うん。全部、入ったよ。充さん」
ドクドクと、つながった部分が脈打つ。それだけで、酷く満たされるような気持ちになった。
「あ……、アオイく……、キス……」
キスして。なんて、強請ってしまったのは、アオイが愛おしく思えたからで。アオイは笑って、唇にキスを落とす。
ちゅく、ちゅ、と舌を絡ませながら、アオイが腰をゆっくりと動かした。腹からずるりと引き抜かれる感覚に、ゾワ、と身体中に快感が走る。また深く抉られれば、重いような、苦しいような感覚が腹からせり上がる。
「う――、んぅ……っ」
「充さん……、大丈夫? ツラい?」
「あ、あ……、大丈、夫…。やめ、ない、で……」
アオイの背にしがみつき、抜き差しの感覚に耐える。じわり、額に汗が浮く。熱い。苦しい。でも、すごく、切ない。
何度も貫かれる度に、徐々にアオイの質量に慣れてきたのか、内部を擦る圧迫感が薄れてくる。むしろ、もっと、擦って欲しいとさえ思えてきて、八木橋はアオイにしがみつく。
「あ――、あ、あっ……ん……!」
「充さんっ……、充さん…」
切なげに名を呼ばれ、胸がぎゅうっと締め付けられた。自分がかなり歳上だと、気にしていた。アオイの未来を奪うようで、怖かった。
けれど、アオイも八木橋も、ただ一人の人間として、惹かれ合った。
怖くないかといえば、嘘になる。今だって、怖い。人を好きになるのは、いつだって勇気がいることだ。
アオイの華奢な身体を抱き締め、目蓋を閉じる。
「アオイくん、好きだよ」
二人の吐息は闇に溶けていき、ただ熱量だけが、そこにあった。
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