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DISC 02 / TR-15 - Perfect Day
「やっとお目覚めですか……もうみんな済ませちゃいましたよ」
「うん……ごめん、ターニャ」
翌日。テディが起きてきたのはもう十時をまわった頃だった。
ダイニングにもリビングにも既にロニーやドリューたちの姿はなく、テディより三十分ほど早かっただけのルカとユーリがあいだに席をひとつ空けて坐り、コーヒーを飲んでいた。何食わぬ顔で朝の挨拶を簡単に交わし、少し迷ってユーリの隣に坐るとテディは「あんまりいらないな……チューロス残ってる?」とターニャに尋ねた。
「残ってますよ。チョコラーテにしますか」
「うん」
「でもそれだけじゃ……あ、そうだ。残り物で作ったトライフルがありますよ。どうです?」
「トライフル?」
そう云ってターニャは、冷蔵庫からティーカップより少し大きいくらいのガラスのボウルを取りだした。スポンジケーキ、クリーム、ゼリーにオレンジのシロップ煮が何層にも重ねられているのが見える。
「あ、もらう」
嬉しそうに早速つつき始めたテディを見て、ルカとユーリは揃って失笑した。
「起きてきてすぐによくそんな甘ったるそうなもんが食えるな」
「ん、そんなに甘くないよこれ。柑橘系だし」
「甘いのはこっちですよ。はいどうぞ」
温かいチョコレートとチューロスがだされ、ルカがげんなりとした顔をする。ユーリはくっくっと低く笑いながら、テディに小声で尋ねた。
「躰は大丈夫か」
「絶好調」
ぷっと吹きだし、ユーリは無邪気な子供のようにクリームを掬っている横顔を見つめた。
――昨夜はまったく違っていた。貪欲に快楽に身を委ねるテディに煽られてルカとふたり、ずいぶん無茶なプレイまで試した気がする、とユーリは思いだして苦笑した。
周囲が静かな所為か、意外と声が響くのはルカが教えてくれたので、途中手近にあったシャツで猿轡まで噛ませた。声をたてさせないように、物音をたてないように、できるだけひっそりと――すると嗜虐心が刺激され、背徳感は興奮を呼び覚まし、行為はどんどんエスカレートした。
スリーサムといってもルカとユーリのふたりで絡む気がないので、どうしても二人掛りでテディを責めたてる図になってしまう。ふたりが代わる代わる、そして同時に、思いつく限りのやり方でテディを責め続けた結果、シーツはあちこちぐっしょりと濡れて皺だらけで、ぐったりと意識を飛ばしたまま眠ってしまったテディの躰もどろどろだった。
享楽の嵐が去ってから冷めた頭で状況を確認したふたりは、いったいこのシーツはどうしたらいいのだろうと頭を抱えてしまった。ルカはもう棄ててしまおうと云ったが、ユーリがここの備品だし棄てるのはまずいだろうと反対し、ターニャが買い物に行っているあいだにこっそり洗濯してしまおうということで落ち着いた。
なんだか学生の頃みたいだと、ルカは苦笑していた。
ルカとテディが自分たちの部屋に戻ったのは明け方だった。誰かが起きてくる前にとそっと戻らせ、もう一度寝直して、三時間ほどして起きたらいつもどおりの一日の始まり――のはずだった。ところがこの時刻である。
コーヒーを飲み干して、さて、とユーリはターニャに尋ねた。
「ドリューたちは?」
「九時過ぎまで待ってたんですけど、ロニーがもう今日は休みでいいって云って。皆でタクシーを呼んでお出かけですよ」
「出かけたのか。どこへ?」
「とりあえずイビサタウンへ行こうって云ってましたよ」
「マレクとエリーも?」
「エリーはいますよ、マレクも今は部屋で仕事中かしら。出かけたのはドリューとジェシとロニーの三人ですよ」
ふうむ、と暫し考えるとユーリはテディに声をかけた。
「どうする、今日は部屋でゆっくり休んでるか?」
チューロスをチョコラーテに浸してくるくると混ぜながら、テディはユーリとルカのほうに顔を向けた。
「俺はあとでやりたいことがあるから……、付き合ってくれるとありがたいけど」
やりたいこと? とユーリはルカと顔を見合わせ、なんだろう、と思いながら頷いた。テディがチョコをまとったチューロスを齧り、にっこりと微笑む。
テディのやりたいことというのが、仮にどんなにろくでもないことだったとしても断れないのは昨夜、立証済みだった。
プレイルームのある側のリビングで、テディとユーリは床のラグの上に、ルカはソファに、それぞれアコースティックギターを抱えて坐っていた。
テディがまず頭にあったらしいコード進行と、一部のメロディをハミングで弾き語る。ルカとユーリは一度聴いただけでそれを理解すると、使えるコードをいろいろ組みあわせながら構成を組んでいった。ルカが思いつくまま適当に詞を乗せて歌ってみたり、ユーリがギターのボディを叩いてリズムを変えてみたりしながら、全体を大まかにまとめて形作っていく。
そこまでいったらテディとユーリがギターで何度も弾いてみながら、コードを変えたり細かい部分を修正したりして曲の完成度をあげていく。そのあいだ、ルカが譜面を書きながら歌詞も考える。とはいえ、この時点ではまだ仮歌でいいし、曲も要になるメロディとだいたいの構成ができてデモ音源が作れるくらいにさえなればいい。バンドで演奏してみるうちにまた細かいところやアレンジは変わるし、歌詞が完成すればまたメロディも変わっていくからだ。
試行錯誤を繰り返してようやくある程度の形になり、ポータブルレコーダーに吹きこむ。DAWソフトなどを使ってもっとちゃんとしたデモを作る方法もあるが、ジー・デヴィールの場合は即興演奏が得意なこともあって、こんなふうにアコースティックギターだけ、キーボードだけのデモで済ませることが多かった。
頃合いを見計らって、ターニャがグレープフルーツティーと、トルティージャや生ハムとチーズ、トマトを挟んだスペイン風サンドウィッチ を持ってきてくれた。
時計を見るともう四時を過ぎていて、五時間以上かけていたのだと知る。齧りついて初めて空腹だったことに気づき、あっという間にボカディージョを平らげると、テディが今からイビサタウンへ行こうと云いだした。
「さすがにそろそろ帰ってくるんじゃないか?」
「別に合流したいわけじゃないし。もし会ったら俺らは一仕事済ませたぞって云ってやりたいけど」
「ま、どっちにしろ一回くらい見てきたかったしな、ダルト・ヴィラ」
腹熟しと気分転換を兼ねて、ということで出かけることが決まると、三人はそれぞれいったん部屋に戻って着替えを済ませ、タクシーでダルト・ヴィラへ向かった。
乗ってすぐ眠ってしまっていたテディを起こして、三人はタクシーを降りた。
少し歩き、緩い坂になっている石畳の先の門を潜れば、そこはもう高い城壁のなかだった。ダルト・ヴィラと呼ばれる旧市街に入ると石畳の路 と白い漆喰の壁の、いかにも南スペインらしい景色が目に入る。が、聞いていたとおりオフシーズンである今はレストランや土産物屋らしい店はほとんどやっておらず、観光客らしい人影も少なかった。
三人はだらだらと曲がりくねりながら続く坂道を登っていった。程無く砲台の残っている高台に着き、暫し展望を楽しむ。再び歩き始め、少し先へ進むと今度は港が一望できる場所へでた。船と建物の白が海の碧さを引き立てていてとても美しく、チェコでは見られない景色だなどと話しながら、思いがけず内陸国と海のある国についてのディスカッションになる。結果、なんだかんだ云ってもチェコが、プラハが最高、だけどイビサに別荘が欲しいというところに落ち着いた。
また歩きだして道を折れ、更に高台へと登ると、そこにはカテドラルがあった。中に入ると、白い壁に囲まれた空間が淡い色のステンドグラスを通した光に照らされて、とても幻想的で優しい印象だった。
「綺麗だけど、意外と地味だな」
「ヴィート大聖堂と比べるなよ、でかさが違う」
「これはこれで雰囲気あっていいんじゃない」
駄弁りながら、今度は坑道のように見える通路の階段を上がっていく。足許と天井に煌々とライトがついていて、なければ暗くて困るのかもしれないが、ちょっと雰囲気が壊れている気がした。そこを抜けるとまた広い展望台で、辺りには疎らに人影も見える。
その一角で立ち止まり、テディがちょっと休憩しようと云いだした。
「さすがに疲れたか。ずっと上り坂だからな」
石壁に凭れるようにして坐りこんでしまったテディを、ユーリが見下ろしながら苦笑した。ルカも心配そうにしながらも「でも、もうあとは下り坂だぞ」と、空を見る。
「陽も陰ってきたし、新市街のほうに出てなにか飲まないか」
「そうだな、確かに喉が渇いた」
「じゃあ、そうしようか」
そう云ってテディが立ちあがると、三人は眼前に広がる街の景色を見下ろしながら、坂道をひたすら下っていった。
日が暮れてきたこともあってか、市場やバルの並ぶ広い通りもぱらぱらと人が歩いている程度だった。それでもさすがにオープンカフェでサングリアを飲んでいると、少し離れた席にいた若い女性のグループに「あれ、ルカ・ブランドンじゃない?」「テディよ、ユーリもいる!」と目敏くみつけられ、騒がれた。ルカがすかさず指を口に当てて合図を送る、という得意技を使うと、女性たちは顔を紅潮させて小さく騒ぎながらも席を立つことはなかったが、早く離れるに越したことはない。三人はさっさとその場を立ち去ることにした。
サングリアを飲み干して、三人はゆっくりと歩きだした。予想したとおり、騒がないように声は抑えつつ女性たちも席を立ち、距離を保ってそろりそろりとついてくる。ルカたちはさりげなく路地を曲がって、死角に入るなり全力で走り、もう一本道を折れた。こんなふうに追いかけてくるファンや、記者を撒くのは慣れっこだった。
「ルカはやっぱり目立つな……」
「云っとくが、おまえも充分目立ってるぞ。なに息切らしてんだ。だからノンアルコールにしとけって云ったのに」
少し走っただけで肩を上下させているテディを見て、ルカは呆れた。
「サングリアのせいじゃないよ、運動不足かな……」
「運動不足ねえ……。運動なら昨夜たっぷりした気がするけどな」
ユーリが皮肉っぽくそう云った。
偶々入りこんだ白い壁に挟まれた雰囲気のいい路を、三人はそのまま進んだ。少し道なりに歩いてみたが、偶にバルやホテルと思 しき看板はあるものの人影はなく、路はどんどん細くなっていった。
迷路のように入り組んだ石畳の路を歩いているうちにとっぷりと日が暮れてしまい、ところどころにナトリウムランプの黄色い光が見え始める。それに照らされたスプレーの落書きを見て、ユーリが真顔になって立ち止まった。
「……ちょっと奥へ来すぎたみたいだな。ここらはあんまり治安が良くなさそうだ」
「そうだな、戻るか」
「ちょっと待って」
踵を返そうとするふたりを、テディが止めた。「もう少し行ってみよう。時間もいいし、売人 がいるかも」
「おい……」
ルカはとんでもない、という表情でテディを見た。「おまえ、いくらなんでもそれはなしだ。わかってるのか、俺ら有名人なんだぞ? 売人から直接買うなんてありえないだろ」
「サングラスかけてるし、あいつらは顔より手許ばっかり見るから大丈夫だよ」
「だめだって。なにかあったらどうするんだよ、絶対だめだ」
ルカが強く反対するとテディはむすっとむくれ、ふいと外方を向いた。
「じゃあいいよ。俺だけ行ってくるから、ルカはユーリと帰れば」
――これだ。云いだしたら聞かないテディに、ルカは困ったように額に手をやった。
「なにが欲しいんだ」
ユーリがそう訊き、ルカはもう知るかとばかりに頭を振りながら背を向けた。テディが味方を得て、少し浮かれたようにユーリに向く。
「メスでもEでもいいけど、この辺りだとスノウが多いのかな」
「さすがにハードなやつは俺も反対するぞ」
「……ウィードくらいは欲しくない?」
「……そうだな。確かに、そのくらいは欲しい」
それを聞いて、ルカが眉間に皺を寄せたまま振り返った。
「誰が買うんだよ」
「顔がいちばん売れてないのは俺だろうな。そのサングラス貸せ」
そう云って、ユーリはかけていた伊達眼鏡をルカのサングラスと交換した。
細い路地を進んでいくと、今からオープンするらしいバルが何軒か準備作業をしていた。舗道の片側にずらりと並べられているテーブルと椅子を、エプロン姿の店員が次々と整えている。既にテーブルを囲み、開店を待っている地元の常連なのであろう客もいた。その他にも若者が数人たむろし、通り過ぎる人間に品定めするような視線を注いでいた。それを見て、ユーリはそっちに顔を向けないようにしながら足早に通り過ぎた。
更にしばらく歩くと、路が二本に分かれていた。その一方の曲がり角に、ひとりで佇んでいる黒い人影が見え隠れしているのに気がつく。
「……当たりかな」
サングラスを少しずらして見やり、ユーリは歩きだした。そのあとを、顔が見えないようユーリの影に隠れながら、伊達眼鏡をかけたルカがついていく。ああいう連中のやり方はわかっている――別にこっちからなにか訊く必要はなく、ただその前を通り過ぎさえすればいい。こういう観光地の売人は、こちらが怪しくさえなければ、向こうからセールストークをしてくる。
歩きながらユーリが横目でちらりと見やると、向こうも同じようにこっちを見ていた。擦れ違い、角を曲がったところでその男はユーリの後ろについて、こう云った。
「パーティグッズあるよ、いろいろ揃ってる。なにか買っていかないかい」
「パーティグッズ、ね」
簡単なスペイン語なら聞きとれるが、ユーリは英語で返した。すると男も慣れているというように、すぐに英語で云い直す。
「そうパーティグッズ。X 、コーク 、アシッド 、ウィード 、なんでもあるよ」
「ウィードが欲しい。ものはいいのか?」
「いいバッズだよ、保証するよ」
上客と思わせたほうが妙な品物を渡されないので惜しげも無く札片 を切る。商談が成立して渡された紙袋をジーンズのベルト部分に挟みこみシャツで隠すと、ユーリは振り返ってルカを見た。
「テディは?」
「えっ」
少し戻り、ルカは角を折れて来た路を見やった。が、テディの姿はどこにも見当たらない。
「またあいつは……、いったいなにやってんだ」
「どこ辺りまで一緒だったかわかるか」
「さっきの、ガキどものいた場所まではいた気がするが……」
「結構前じゃねえか、くそ」
ユーリとルカは来た路を足早に戻った。
* * *
「――まいったな、もう……」
若者が数人固まっていたバルを通り過ぎるとき、テディはちょうどテーブルや椅子のセッティングをしていた店員にぶつかりそうになった。咄嗟に正面から顔を見てすみません 、と云うと「テディ! ジー・デヴィールのテディ・レオンだよね!?」と気づかれた。
その声でたむろしていた若者たちも騒ぎだし、寄られ集られ、握手を求められたりサインをねだられたりと、すっかり足止めを喰らってしまった。ルカたちに置いていかれるから失礼、などと更に騒ぎが大きくなるようなことも云えず、なんとかある程度応えて躱して逃げてきたものの、もうふたりがどっちへ行ったのかわからなかった。
迷路のような細い路地を、テディは勘だけで進んでいった。きちんと庭木が手入れされている、生活感のある家が並ぶところは避けて、落書きの目立つ荒れた通りのほうへ――ユーリもおそらく同じようなことをしたはずだ。そう考え、テディは暗く寂しい路を選びながら歩いていた。なのになんだか先が明るいなと思ったら、交差する広めの通りに出てしまった。
街灯に照らされた明るい通りにはバルのような店が並んでいて、酒を酌み交わしている男たちや、往き交う人影でけっこう賑やかだった。こっちじゃなかったかなと立ち止まり、テディは辺りを見まわした。黄色い灯りの下に立っていた男が、自分のほうをじっと見ていた。また気づかれたのだろうか――さっきのことが頭を過り、テディは顔を伏せながら後退ると、横の細い路地に折れた。
その路地は街灯もほとんどなく、人影もまったくなかった。賑やかな飲み屋街の傍にある裏通り――いかにも売人がいそうだった。ルカに電話して、もう合流しようかと思いもしたが、その通りがあまりにも探していた雰囲気なので、テディはもう少し歩いてみることにした。ひょっとしたらルカとユーリもこの先にいるかもしれない。
ぽつりぽつりと距離をおく街灯が、石畳を仄かなオレンジ色に照らしている。通りのどちらを向いても灯りの漏れる窓はなく、バルかなにからしい店舗も閉まっていた。人影もなにも見えず、さすがに売人もここまで人気 がないと商売にならないか、とテディは溜息をついた。
しょうがない。もう諦めてルカたちと合流しよう……と、テディがポケットからモバイルフォンをだそうとして、立ち止まったときだった。
背後に人の気配を感じたと思ったら、振り返る間もなくがっしりとした腕がテディを捕らえた。取りだしかけていたモバイルフォンがかーんと音を響かせて石畳を滑っていき、声をだそうとした口を大きな手で塞がれる。なにが起こったのかわからないままテディは必死に逃れようと暴れたが、自分を捕らえている男はびくともしない。
テディは背 から抱えられたまま、仲間らしい男が開いて待っていた扉のなかへ、引き摺るようにして連れこまれた。
「テーブルのもんどかせ、早く!」
スペイン語でそう聞こえたと同時に、ばたんと扉が閉められた。中にいた男が云われたとおり、テーブルの上にあった酒瓶や灰皿を慌てて椅子に下ろす。そうして空けたテーブルの上に、テディは投げ転がすようにして乗せられた。そこへ男が伸し掛かり、もうひとりも手首などを押さえこむのに手を貸す。
「……ほら見ろ。テディ・レオンだって云ったろう」
「まじだ、すげえ。TVで見るよりべっぴんだ」
「こりゃいいや、まじであのテディ・レオンを犯 れるのかよ」
それを聞いてテディは目を瞠り、全力で暴れた。口許を押さえていた手を頭を動かして振り解き、自分を見下ろしていた男を脚で思いきり蹴飛ばす。
「ふざけるな、離せ……!」
「おいしっかり押さえろ!」
蹴飛ばした男が両脚を、頭の側にいたらしい男が両手を捕らえ、押さえつける。全力で暴れ続けようとするが動きは封じられ、声をだそうとするとタオルかなにかを口のなかに突っこまれた。そしてその手がそのまま口許を押さえつけてくる。
「うぅ……んんっ」
「いいだろ……おまえもゲイなんだろ? おとなしくしてりゃ酷いことはしねえよ、ちゃんと愉しませてやるから」
英語で云った男がにやりと笑い、もうひとりの男の手がシャツの前を引きちぎるように開 けた。へへっと鼻息の荒い笑い声が聞こえる。テディは口を塞がれ顔を動かせないまま、自分を囲む男たちを見まわした。前に見たガイドブックに載っていたような、逞しい躰つきの男ばかりだった。薄暗い天井にはレトロなペンダントライトが等間隔に吊るされていて、いくつも並ぶテーブルには椅子が逆さに上げられている。どうやら休業中のレストランかなにかのようだった。
テディがそうして周囲を覗うあいだも、男たちは自分を押さえつける手を緩めない。両手、口許、脚――三人かと思っていると、そこへもうひとり現れた。
「パーティの始まりだ! ほら、飲めよ」
そう云って四人めの男は、〈LUSTAU 〉とラベルに記されたボトルをテディの顔に近づけた。口許を押さえつけていた手が離れ、噛まされていたタオルも取り去られる。代わりにボトルが歯に当たるほど押しつけられたが、テディは顔を背け「やめろ……、離せ!!」と抗った。
「遠慮すんなよ、ほら、飲めって!」
「口移しで飲ませてやれよ」
誰かが云うと、男は手にしたそのボトルを呷り、テディに覆いかぶさるようにして口を寄せてきた。顎を掴まれ、男が唇を重ねて香りの強いシェリー酒を口のなかに流しこもうとする。テディは咳きこみながら右へ、左へと顔を振り、避けた。
「くそ、このほうが早ぇや」
男は身を離すと、テディの口許に向けてボトルを傾けた。口のなかになどもちろん入らず、酒はテディの頬から頸までを濡らした。
「もったいねえー」
男たちがげらげらと声をあげて笑う。テディは男たちを睨みつけ、「もうふざけるのはやめてくれ、離してくれ!」と必死に訴えた。
「つれないこと云うなよ、遊ぼうぜ」
「ちゃんと愉しませてやるって云っただろ」
そう云って、男のひとりが酒でぐっしょりと濡れたテディの髪を撫であげた。そのまま頭を抱えこむようにして身を寄せてくる。テディは至近距離でにやにやと見つめてきたその男に、思いきり頭突きを喰らわせた。
「――っ!! この野郎……おとなしくしやがれ!」
ぱんっと頬を撲 たれ、髪を濡らしている飛沫が散った。再び口にタオルが突っこまれ、タトゥーを入れた太い腕に頸を掴まれる。そうしてもう一方の手で男が自分の穿いているパンツを下げようとすると、腕を押さえている男が云った。
「おい、俺からだぞ。俺がみつけたんだからな」
「しょうがねえな」
ふたりが場所を交代しようとして両腕が自由になると、テディは半身を起こそうとした。が、すぐに両脚のあいだに立った男が肩を掴み、覆い被さってきた。そして別の男にまた両手を拘束され、開 けられたシャツの下に着ていたTシャツを捲りあげられる。顕になった、薄めに筋肉の付いた胸や引き締まった脇腹を、男が感触を確かめるように撫でた。その手の感触が下がっていき、ジーンズの釦 を外そうとしているのがわかると、テディは冗談じゃないと身を捩った。
「おい、しっかり押さえてろ! 暴れるなって。それともそういうのが好みか?」
「んんーっ、んっ……!」
クソ野郎、ふざけるな、触るなどけ――そう云ってやりたいが声がだせない。ジーンズの前がすっかり開けられ、そこにまで手を入れられると更に恐怖が増した。このままではこの四人に好き放題にされてしまう。テディは懸命に暴れたが、その所為で腰が浮き、かえって脱がせることを容易にしてしまった。ジーンズは片脚を抜かれ、下着まで下げられる。意思に反して生理的な反応を示しかけているペニスを撫であげ、男が舌舐めずりしながらにやりと笑う。もうひとりの男は胸の突起を指でこりこりと捏ねまわし、更に別の男は脚のあいだから手を差し入れてきた。指先で探った場所が柔らかく、普段から使いこまれていることを知ると、男は下卑た笑いを浮かべた。
「へへ……今ぶちこんでやるからな」
「……んんっ」
「さっさとやっちまえよ、あとがつかえてんだぞ」
「焦るなよ、ジェルよこせ」
三人掛りで押さえつけられ、ひとりに脚のあいだに入られ伸し掛かられてはもうまったく動けない。男は下をすっかり脱いでしまうと、渡されたチューブをぎゅっと絞ってテディの後孔に塗りこんだ。少し指で掻きまわしただけで、すぐに猛った自身を充てがい、ずぶりと一気に挿し貫く。
「――っ!」
「ああ……すげえ。吸いついてきやがる、名器だぜ」
頭の上で両手を押さえつけられたまま、男が乱暴に揺さぶってくる。そのあいだも、他の男の手があちこちを弄 っている。昨日の今日でまだ敏感さを残した躰は自分の意思に反し、抵抗する力をどんどん失っていった。
「どうだ、俺のは? ルカのよりでかいだろ……」
「……ああ、もう俺、我慢できねえ。こっち使ってもいいだろ」
「噛みちぎられるぞ」
「大丈夫さ」
肩口に立っていた男が焦れたように自分のズボンを下げ、口に突っこまれていたタオルを取り去る。テディはからからになった口で、大きく息を吸いこんだ。
「ちくしょう、もうやめ――」
云い終える前に、なにか冷たいものが頸に触れるのを感じた。ひやりとして言葉を切る――見ると、男がポケットからとりだしたフォールディングナイフを開き、喉許に押し当てていた。
髪を引っ掴み、テディの顔の傍に剥きだしにした股間を寄せ、男は云った。
「ほら、銜えろ。……歯を立てたら殺すからな」
突然、躰が強張るのを感じ――震えながら、云われるままに口を開いたのが頸に触れているナイフの所為ではないことを、テディ自身もわかってはいなかった。
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