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DISC 02 / TR-14 - Don't Stop Me Now

 いくら電話をかけても繋がらず、Eメールを送っても返信はなかった。ロニーは眉間に皺を寄せぱたんとモバイルフォンを閉じると、苛立った様子で坐っていたソファの端に放り投げた。  テーブルに置いた煙草の箱に手を伸ばす。しかし最近本数が増えていることにふと思い至ってその手を止めると、ロニーはとんとんと人差し指で箱を叩きながら、考え事を始めた。  試写ではとんでもないものになっていたが、ドキュメンタリー映画のために撮りためた映像はあんなものばかりでも、あのぐらいの量でもないはずだった。問題のあるシーンはすべてカットするようにと再編集を要求し、合わせて進捗状況など逐一連絡が欲しいとロニーは頼んでいた。しかし、その後ニールからはなんの音沙汰もない。エマにも声をかけてみたがニールは元妻(エクスワイフ)からの電話もとらないそうで、ひたすら向こうからの連絡を待っているしかない状態なのだった。  もっとも、試写の日以来タブーにでもなってしまったかのように、映画のことは誰一人として口にすることはなかった。  ニールのぶんの宿泊費や食費、移動費と、機材などもろもろのコストがけっこうかかっているのが癪ではあるが、このままお蔵入りになってしまってもいいかもとロニーは考え始めていた。再編集してまともな映画に仕上げたところで、結局メンバーたち――特にテディに、厭な記憶を想起させることになってしまうのではと、そう危惧せずにはいられないからだ。  テディは此処、イビサに来てからはずいぶんと元気になったようだった。  あの試写のあとしばらく、テディはいつにも増して表情がなく、ふと気がつくとなにも映していないような目で一点を見つめていたりして、素人目にも精神的に不安定なのがわかるほどだった。それが、この三日ほどで見違えるように表情が明るく、おどおどしていた言動も快活になったというか平常に戻ったので、ロニーは本当にほっとしていた。  ドラッグの問題も、三人まとめてしっかりと云い含めたうえにリハビリ施設のパンフレットまで持ちだして脅したし、それにイビサへ来るときはシェンゲン圏内とはいえいつなにがあるかわからないので、バッグに余計なものは入れるなと厳しく云ってある。とはいえここで入手することは容易だろうが、そこはもう、自分たちがフェイマスな存在だということを自覚させ、目を光らせるしかない。  とん、と指を止め、ロニーはバンドの様子を見に行こうと決めると煙草の箱を手に取った。  エリーはずっと部屋に籠もってラップトップと睨めっこ――仕事でもプライベートでも、彼女はそれが常だった――だし、ターニャとマレクはまた買いだしに出かけていて、ちょうど暇でもある。それに、後日マイスペースなどにアップする写真も少しは撮っておかなくてはいけない。  よし、と勢いよく立ちあがると、視界の隅でモバイルフォンが小さく跳ねた。 「いけない、忘れるとこだった」  小さく呟いてそれを手に取り、一度ぱた、と開く。鳴っていないのだからわかりきってはいたが、モバイルフォンの画面にはやはり、日付と時刻以外のなにも表示されてはいなかった。  スタジオ代わりに使わせてもらっている小さなクラブまでは、ヴィラから歩いて十分ほどだ。Y字路のこちら側の通りはイビサタウンと同じように観光客向けの店が多いのか、ほとんどが閉店していた。営業しているのは地元の住人が利用するようなスーパーマーケットやバルがある、もう一方の通りのほうだけだ。  楽器と機材が届いた日に来たきりの扉をそっと開けると、途端に内臓が直接揺さぶられるような音と振動が伝わってきた。さっと中に入ってすぐに閉め、目が合ったドリューに軽く手を上げてみせる。奥のほう、これがライヴハウスならステージがあるあたりを取り囲むように寄せてあるテーブルにバッグを置いて、中からデジタルカメラを取りだすと、ロニーは椅子を引き出し腰掛けた。  どうやらジャムセッション中らしい。彼らは肩慣らしによくこうやって即興で演奏をする。誰かが突然好きな曲に引っ張っていったり、そこから更にメドレーのように違う曲に移ったりしながら、思いつくままに音をだすのだ。  ヴォーカルであるルカは、これをやるときはいつもピアノの前に坐っている。ブルース調の流れになればハープを吹いたりギターを弾いたりもするし、跳ねた感じの曲ならジャンベを叩くこともあるが、いちばん得意なのはピアノらしい。そうやって即興演奏をしているうちに生まれたフレーズやリフが、新しい曲のとっかかりになることが多いようだ。おそらくこれはロックバンドではあまりないやり方で、極めてジャズ的だと思いながら、ロニーは立て続けにシャッターを切った。  バンドはそんなシャッター音は気にせずそのまま演奏を続けている。途中、誰かのリードで〝Hearts Breaking Even(ハーツ ブレイキング イーヴン)〟というボン・ジョヴィの曲が始まると、ロニーは自分へのサービスのつもりかしらとくすりと笑った。ちょっとオールディーズ風な、ゆったりとした3連のロッカバラードを、ルカはしっとりと歌いあげた。  その曲を歌い終えると、ルカが7UPの缶を持ってロニーの傍に腰を下ろした。バンドはまだ演奏を続けていた。ふと腕時計を見ると自分が来てからだけでももう十五分は経っていて、ぶっ通しで演奏していてよく疲れないなと感心する。喉を潤し、ふぅと息をつくルカにロニーはおつかれさまと声をかけた。するとドリューも演奏の手を止めて脇にあるスツールに腰掛け、同時にキーボードの音も聞こえなくなった。ジェシはその場に坐ったまま、ペプシコーラを飲んでいる。  だが、ユーリとテディが演奏を止める気配は一向になかった。さっきまでゆったりとリズムを刻んでいたドラムはだんだんと激しさを増して暴れまくり、ベースはそれに応えるように――いや、逆だ。テディがユーリを煽っているのだ。それに気づいてロニーが振り向きルカの顔を見ると、彼は7UPを飲みながらひょい、と肩を竦めてみせた。テディはドラムのほうを向いたままテンポの早いスラッピングを、ユーリはそれを受けて速いストロークを連続して乱打する。するとそれを受けたテディが更に煽り、またユーリが――と、ふたりのセッションはまったく終わりそうにない。  ドリューもジェシも飲み物の缶を手にしたまま、凄まじい緊張感を放つその演奏に聴き入り、じっとふたりに目を奪われていた。睨みあいながら、どんどんテンポを上げながら、いよいよ苦しそうに切迫感を漂わせて演奏し続けるふたりに、ロニーも頬が熱を帯び、血が沸き立つのを感じた。まるで本当に殴りあいでもしているかのような――否。ぴたりと寄り添い、ふたつの音が絡み合うようにして高みへと昇ってゆく。そして、シャンシャーンと大きなシンバルの音がしたと思ったらユーリがナチュラルにテンポダウンし、テディがふっと息をついて笑った。その顔を見てユーリもにやっと笑い、そのまま余韻を楽しみつつアウトロへ。  違う。これは殴りあいじゃない、とロニーは思った。これはまるで―― 「……ファックしてるみたいにジャムるなよ、莫迦どもめ」  ロニーの頭のなかを読んだかのように、ルカがぼそりと呟いた。  夕食は冷製スープ(Gazpacho)焼野菜のマリネ(Escalivada)フライドポテトのスパイシートマトソース(Patatas bravas)牛肉のワイン煮(Fricandó de ternera)というメニューだった。ターニャは日毎にスペイン料理の腕をあげていた。買い物に行くたびにおすすめレシピを教えてもらってくるので、レパートリーもかなり増えているようだ。  ターニャが食事を作るのは朝と夜のみだ。朝といってもバンドの皆は起きてくるのが遅いので、昼は特に頼まれない限り作らない。誰かが小腹が空いたと云いだすと、気分転換の散歩ついでにカフェなどで済ませる。ユーリがバーガーのセットをがっつりと食べたり、テディがカフェ・コン・レチェといっしょにトリハス(Torrijas)と呼ばれるスパニッシュスタイルのフレンチトーストを食べたりと好きにでき、ターニャの負担も軽くなってちょうどよい。  それ以外にも、偶に気取ったレストランでランチのコースを食べることもあった。それで再確認したのだが、地元で人気のレストランと比べてもターニャの料理は引けを取らない。  酒好きのためにだされたピンチョスを摘まみながら、ロニーはダイニングでターニャやマレクと雑談を交わしていた。そして話が途切れたときにふと、いつの間にやらリビングで寛いでいたはずの面々が消えていることに気がついた。 「あれ? ルカたちもう部屋に戻っちゃった?」 「あっちに行ったみたいですよ。プレイルームで遊んでるんじゃないですか」  プレイルームにはビリヤード台があったが、それなら音がしているはずだ。静かだし、やっぱり部屋に戻ったのかしらと思いながら、ロニーはエントリーホールを抜けてもうひとつのリビングのほうへ行ってみた。  覗いてみたところ人影は見えなかったが、微かに何人かの気配がした。あれ、と思いそのまま奥のプレイルームへと向かうと、短く言葉を交わす声が次第にはっきりと聞こえてきた。 「――レイズ」 「ちっ。降りるわ」 「受けてやるか……コール」 「……フォールド」  プレイルームの隅に設置された丸いテーブルを、五人全員が囲んで坐っていた。どうやらポーカーに興じているようだ。  内側にピーコックグリーンのクロスが貼られたテーブルの縁はカードやチップ、ドリンク類が置けるよう機能的に窪みが作られていて、初めて見るロニーはうまくできているんだなと感心した。  ジェシはテーブルに向かって坐ってはいたがゲームに参加はしておらず、少し椅子を離してアグア・デ・バレンシアを飲みながら勝負の行方を眺めていた。ルカとユーリとドリューはエストレージャ・ダムを喇叭飲みし、テディはソラン・デ・カブラスという青いボトルのミネラルウォーターを飲んでいる。  なるほど、食後のこの時間は決まってとろんと眠そうにしているかぐったりしているテディが、素面に見える顔でしっかりとゲームに興じていられるのはそれでかと、ロニーは察した。おそらく今ジェシが飲んでいるのは、もともとテディのグラスだったのだろう。誰が云いだしたのかはわからないが、ポーカーをやろうということになってテディは飲みかけをジェシに押しつけたのだ。  ロニーはポーカーのことはわからないので暫し黙って眺めていたが、どうやらいちばん多くチップを積みあげているのはユーリだった。あとの三人はそれほど差が開いていないようで、誰がどれだけ強いのか弱いのかなどはわからなかった。だが見ているうちに、今のゲームはルカが勝ったようだとはわかった。場に積まれたチップをルカが回収するのを見てやっぱり、と思う。  カードを集めてテディがシャッフルを始めた。慣れた手つきで滑らかにカードを切るその様子が意外で、思わず見入ってしまう。ユーリも少し驚いたように、テディの手許をずっと見ていた。テディがシャッフルしたカードをとん、と揃えて時計回りに配ると、ふたりがチップをだした。 「フォールド」 「レイズ」 「コール」  なんのことやらロニーにはさっぱりわからない。しかしどうやらフォールドとは勝負を降りることらしい、とはわかった。チップを積みあげるユーリに対しテディが「レイズ」と云うのを聞いて、ルカが頭を振り「……フォールド」と呟いた。  これで勝負はユーリとテディの差しになったようだ。  場にはクラブの8とクラブのJ、ハートのAがでていて、ユーリはしばらく考えこみながらじっとテディを見ていたが、やがて「コール」と云った。  場にもう一枚スペードのAが置かれた。  ユーリはテディを見つめたままにやりと笑みを浮かべて「ベット」、テディは「コール」と、どんどん場にチップが積まれていく。  そこへ五枚目のカード、クラブのQが置かれ、ユーリは真剣な顔で押し黙った。考えながらじっとテディを見つめ、なにかを読み取ろうとしているようだった。 「……オールイン」  ルカが口笛を吹いた。ドリューも固唾を呑んで見守っている。そしてテディは――ずっとポーカーフェイスを保っていた口角を、僅かに上げた。 「コール」  そう云って、テディが手札を公開する。  クラブの9とクラブの10がそこにはあった。  ユーリが驚愕の色を浮かべて目を見開く。ユーリの手許はクラブのAとハートのJ。 「……え、終わったの? どっちが勝ったの」  痺れを切らしてそうロニーが訊くと、ルカが「テディの勝ちだよ」と教えてくれた。なるほど、大量に積まれたチップはすべてテディのもとに集められている。 「ユーリはA三枚のフルハウスで、テディが……ストレートフラッシュだよ」 「ほんとに賭けてたの?」 「あー、まあ、いちおう賭けないとつまらないからな……」 「いちおうな。……普通のカジノのレートの十倍くらいだが」 「ええっ」  唇を噛みながらユーリが席を立つ。無表情にテーブルを見下ろし、一言も発さないまま歩きだすと、ユーリはカードやチップを片付けているテディの後ろでいったん立ち止まった。そして――テディの肩に手を置き、なにやら耳打ちをすると念を押すようにぽんとその肩を叩き、一瞬ぐっと力を込める。  ロニーはその様子をなんとなく見つめていたが――さっさと部屋を出ていく後ろ姿を見送ったあと、テディがこっちを向き、ふと目が合った。  なんだか気まずそうな表情で、彼はくしゃっと髪を掻きあげた。         * * *  ――あとで俺の部屋に来い。  そう云われて、テディはユーリの使っている一階の部屋の前まで来ていた。といっても折れた廊下に面しているドアとドアが互いに見えない位置にあるだけで、ルカとテディの部屋とは隣同士である。  いったん立ち止まってふぅ、と息をつき、ノックをしようと左手を上げると――いきなりドアが開いて伸びてきた手に腕を掴まれ、部屋に引き摺りこまれた。ばたんとドアを閉めた手がテディの顔の横で壁を打ち、そこに閉じ込められた形になる。  乱暴な歓迎に驚いたが、ユーリの顔に浮かんでいるのは怒りの色ではなくどこか楽しげな笑みで、テディはほっとしつつ困ったように苦笑して「……気づいてた?」と小首を傾げ、訊いた。 「そうだな……正確に云うと、気づいちゃいなかった。ただ怪しい気がしてただけだ……あんまりカード捌きが鮮やかなんで、ひょっとしたらフォールスディールくらいできるかもってな。で、注意してた……俺が気づいたのはおまえのデックの持ち方だ。人差し指をああかけて持つ奴を俺は二種類しか知らないんでな――マジシャンと、いかさま野郎だ」  ユーリはテディを壁に縫いとめたまま、顔を近づけて云った。 「驚いたよ。おまえにあんな特技があったとは……見事だったよ、褒めてやる。ただ……俺をカモにしたことは褒められないな」 「……気づくとしたらユーリだけだからだよ。絶対気づかない相手をひっかけたっておもしろくないだろ」 「なるほど。……でも、お仕置きはしないとな」  じっと目を見つめながら意味ありげに云われ、逃げ場を探すように左右を見る――ポーズをしてから、テディは云った。 「……尻でも叩く気?」 「そいつはいいな。パドルかケインか、それともウィップがいいか? おまえが望むならカーにでもドムにでもなってやる」  そう云ってユーリはテディの顎を支えて口吻けた。甘さもなにもない、性急に深く探ってくる舌に息を奪われ、テディは思わず胸を押した。 「ちょっと待――」 「待てないな。……今日は昼間も散々煽ってくれただろうが」  耳許で云いながらユーリは髪を指で梳き、顳顬(こめかみ)にキスをした。熱い息を触れさせながら、唇が頬を辿っていく。その唇が耳朶を甘噛みし、耳孔にぬるりと舌が忍びこんでくると、テディが堪らず息を溢した。  フーディジャケットのジッパーを引き下ろし、なかになにも着ていないことを知ってユーリはにやりと笑った。前を(はだ)けられ胸許が顕になると、テディの瞳が情欲の色を湛えて揺らめいた。片方の肩からフーディを落とし、噛みつくように頸に吸いつく。そして胸許、引き締まった脇腹、臍のあたりへ――ユーリは膝をついてフーディと揃いのスウェットパンツをボクサーショーツと一緒に脱がせ、勃ちあがりかけているそれにもキスを浴びせながら、手を後ろへと滑らせた。双丘を鷲掴みにし、長い指先で探ったそこは、花開こうとしている蕾が朝露を含んでいるようにしっとりとしていた。 「……待てだって? 嘘つきめ……」  ユーリは立ちあがってテディの腕を引き、壁に向かせた。ジーンズの前を開け、自分のものを握り二、三度扱きながら、ぐいとテディの腰を引き寄せる。そして壁に両手をつかせると、ユーリは既にのできていたそこへ熱を持った自身を充てがった。 「はぁ……っ……」  まるで飢えた獣が獲物に喰らいつくかのように性急に繋がる。ユーリは根本まで沈め、ゆっくりといったん引くと、勢いをつけて深く叩きつけた。縋るように壁に両手をついていたテディが、堪らえきれず呻き声をあげる。 「あうっ……待って、ここじゃ……、ベッドに」 「だめだ」  腰を支え、後ろから揺さぶる。壁についた手に顔を伏せているテディの髪が揺れる。ユーリが徐々に動きを速めると、声を漏らすまいとするようにテディが袖を噛んだ。懸命に声を殺している様がなんだかいじらしく、もっと酷くしてやりたい衝動に駆られる。ユーリは腰を支えていた手の一方を離し、平手でぱぁん! と尻臀を叩いた。 「ひぁっ……!」  テディが堪らず掠れた叫びをあげる。同時に、テディの躰の中心に沈めた自身が締めつけられるのを感じ、ユーリはもう一度試してみた。 「!! やめ……っ」 「お仕置きだって云ったろう」  本当にそっち方面に走ってしまいそうだ、とユーリは苦笑し、そろそろ顔が見たいといったん身を離した。楔が引き抜かれる感触にテディが声にならない声を洩らす。ジーンズを脱ぎすて、ユーリはテディをベッドのほうへと押した。テディもフーディを脱いで投げ、ベッドに腰掛けると下も脱ぎ去り、お互いに一糸纏わぬ姿になる。片膝をベッドに乗せたユーリが伸し掛かりながら貪るように口吻けると、テディは自分への欲望を形作っているそれに手を伸ばした。 「欲しいのか? この好色者(スキモノ)め……どうしてほしいか云ってみろ」 「……今日、おかしいよ」 「それはおまえだろう……おまえが俺を煽ってるんだ」  膝を割り、脚を抱え自分のほうへと引き寄せ先端をすっかり綻んでいるそこに触れさせると、ユーリはもう一度訊いた。 「さあ、どうしてほしい」 「――俺も聞きたいね」  思わぬ声がして、ふたりははっとドアのほうを見た。ルカがいた。いつの間に入ってきたのか、いつからそこにいたのか――今は閉じられているドアの前に立ち、ルカは腕組みをしてこっちを見ている。 「……いつからいた」 「ついさっきさ。云っとくけど、別に覗きに来たんじゃないぞ。忠告に来たんだ……音も声も聞こえてるぞってな」  それを聞いて思わずテディが手で口許を覆う。 「隣が俺でよかったな」 「……ご忠告どうも」  ユーリは平静を装って返したが、内心はどうしたものかと迷っていた。なにしろふたりとも全裸、臨戦態勢のユーリといいテディの恰好といい、相当間抜けな状況である。  暫しじっとテディを見つめ、無表情なまま邪魔したな、と部屋を出ていこうとするルカを、テディが引き留めた。 「ルカ……、待って」 「……なんだよテディ。別にわかってたことだし今更――」 「三人で」 「――なんだって?」  聞こえてきた言葉が理解できない、というようにルカが聞き返した。ユーリも同様に、訝しげな顔でテディを見る。 「……スリーサムでやってみたくない?」  信じられない、とルカは天井を仰ぎ、ユーリは大笑いした。 「……テディ、おまえはやっぱり悪魔だよ。最高だ……! 俺はいいぜ、おまえの望みならなんだって応えてやる」  ユーリの言い様に、ルカは呆れたように頭を振った。  ありえない。完全にいかれている――そう思い、ルカは一言云ってやろうとテディを見た。が―― 「……テディ……、おまえの誘いを断れる奴なんか、この世のどこにもいるもんか」  自分を見つめる灰色の瞳に捉えられた途端、口を衝いてでた言葉はこれだった。ユーリはそれを聞いてふっと笑みを溢し、テディは悪戯っ子のように唇を噛んではにかむ。  ルカはベッドで待つ奔放な恋人に近づき、その手をとった。

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