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第10話

玄関の鍵を開けて中に入ると、靴が二足あった。 いつも見ているお母さんの靴と、最近「お父さん」になった人の靴。 リビングの扉を開けようとした時、奥から声が聞こえてくる。 本来なら聞こえるべきではない、聞きたくもない声だ。 僕は玄関に戻って大袈裟に音を立てて、いつもは言わないことをいう。 「ただいまぁ!あれ?お母さん帰ってるの~?」 急にガタガタと物音がして、暫くするとリビングから少し髪の乱れたお母さんが出てきた。 奥では何事もなかったかの様に振る舞う男がいた。 お母さんの再婚相手、僕の二人目の父親。 「おかえり、秀人君。」 「…ただいま帰りました、お父さん。出張から帰ってきたんですか?」 「あぁ、冬の間はまた三人で暮らせるよ。」 「そうなのよ、秀人も嬉しいわよね。」 お母さんが男の隣に座ると、わざとらしく肩を抱く。 まるで僕に見せつけるかの様に見えるその行為は、今に始まったことじゃない。 吐き気が僕を襲う。 鳩尾から喉までグッとせり上がってくるのを押さえて話す。 「今日は、二人でどっかご飯を食べに行ったら良いんじゃない?明日は丁度土曜日だし、ゆっくり二人の時間を作った方が良いんじゃないかな。」 「あら、でも秀人を置いて何処かに行こうだなんて…。」 「良いんじゃないか?この子はしっかりしているし、小学生と言ってももう中学生と同じくらいだ。」 そう言って母さんの頬を撫でると、顔を赤く染めてうっとり見つめあっている。 そういうことをするのは僕の前以外でして欲しいものだ。 お母さんはこの人が本当に好きなのだろう、一人の女性としての心が母親の心を上回るなんて良くある話だ。 まぁ、母親としての行き過ぎた過保護から逃れるには利用させてもらうしかない。 「結婚したのも最近なんだし、二人だけの時間が必要でしょ?僕の事は忘れて行っちゃいなよ。」 「ははは、秀人君にそこまで言われてはもう後に引けないね。これで好きなものを買って食べると良い。」 そう言って男は財布から1万円札を僕に渡す。 あまりの金額に生唾を飲む。 動揺しながらも、形だけでも礼を言わなきゃならない。 「ありがとうございます。お母さんの事よろしくお願いしますね。」 それから二人は夕方にも関わらず、また出掛けていった。 今日はもう帰ってこないだろう。 僕は嬉々として幸の部屋に向かった。

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