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王と遊ぶ錬金術師

 イスラ王はアルワーンを無視し、硬い床に布を敷いただけのそこへ腰を下ろす。 「そろそろ痛みで動けない頃かと来てみれば、ふらつき歩いていたとは……。少々驚いたよ。この私も」  寝床にしている簡素なベッドの上で、アルワーンが寝返りをうつ。  見せた自堕落な姿はいつも通りだが、その目は面白いものを見るかのように笑っていた。 「拍子抜けもいいとこだ。最近、あの仏頂面の護衛を遠さげているから、代わりに丁重にお仕えしようと来てみれば……。イスラ王……、いや、ここではファービルと呼ぶんだっけ。ファービル、末っ子が来るまで、代わりの痛み止めを調合しようか?」 「で、その見返りは?」  矢のように早い言葉の返し。  アルワーンが自身の乾いた唇を舐める。 「さすが話が早い。普段からあなたにひっついて離れない護衛がいない。こんな機会を逃す手はないからね。……こちらへ」  アルワーンがイスラ王の手を引く。  簡素なベッドに男二人が乗ると、底が抜けそうなほど大きく軋む。  イスラ王を見下ろし、アルワーンはその胸元をはだけさせた。 「島の王族の(シーティアローズ)にも負けないくらい、色っぽい……」  その白い胸には、入れ墨のようなものが走っている。  シダのような形のそれは、毒が体内で侵蝕を続ける証だ。毒が蝕むほど模様は進行し、おそらく心臓に達すれば終わりだと、医者は言っている。 「ひと目見た時から、ずっと思っていたんだけれど、お硬い軍人が側にいるせいで、ずっと言えなかった。毒に侵された証が色っぽいだなんて、不謹慎だと詰め寄られてはかなわない」  侵蝕の証に触れたアルワーンの手が、敏感な箇所を掠める。  ピクリと反応したイスラ王を見たアルワーンが、湧き上がる衝動に興奮し、唇を歪めた。 「どうやったらあなたと、悲鳴を上げるほど楽しめるか、ずっと想像するのが密かな楽しみだった」 「良い趣味だな」 「そう。そういうところだ。お互い、並大抵のことでは、心は動かない。私たちはよく似ている。もしかしたらふたりで、新しい世界を見られるかもしれない」 「ご大層だな……。さっさと始めないのか?それに……コレ。使いものになるのか?」  膝で股の間を擦られたアルワーンが呻き、イスラ王が嘲笑う。 「長いこと主人にそっぽを向いて、愛想を尽かしたままなんだろう。それともなにか。私に奉仕しろと?」  その台詞に、アルワーンの思考が止まった。 「私としたことが、そういう選択肢を考えなかった……。それはそれで良さそうな気が……」  ぶつぶつ呟いて自分の世界に入った相手を押し退け、イスラ王が上半身を起こす。  新しい遊びに付き合ってみたものの、酷くつまらなかった。そんな表情だった。 「おや……?」  シーツの上に落ちていたそれを、アルワーンが見つける。彼も、つまらないといった顔で、それを指で弾いた。新しい痛み止めが、小袋に入っていた。 「どうりで部屋にいないわけだ。……痛みはマシに?」 「ああ」  即答だったが、アルワーンは信じなかった。 「末っ子が作った量は、一日二回摂取しても一カ月は保つはずだった。痛みの感覚が、近くなってるな……。その胸の毒のシダも、以前より広がっている」 「何が言いたい。私が死者の国へ近づいているかということなら、確実にそうだ。今更なにを確認したい?」 「死ぬことが、怖くは?」  イスラ王が鼻で嗤う。  アルワーンも分かっていた。なぜなら彼も、死に対して同じような気持ちだからだ。  長いこと傍にいても姿が見えなかった友人に、ついに対面する……。そんな感じだ。 「……この世で遂げられない思いなら、あの世へ先に行き、待つ……か」  イスラ王のその言葉は、アルワーンにはよく分からなかった。  何となく想像はつく。だがアルワーンには、あの世で待っていたい者など思い当たらない。  そこでふと、彼の頭をよぎったのは、美しい肉体を持つシラと、これまた別の美しさのある体躯を持つウミガラス。  二人が乱れたシーツの上、睦み合う姿。  アルワーンの喉がゴクリと鳴った。 「なるほど、なるほど……」  何が“なるほど”なのか、イスラ王は聞いたりしない。  イスラ王が乱れた服を直していると、何やら外が騒がしくなった。  扉を開けて出てみれば、人だかりができている。  オブシディアンが、チラリと、出てきたイスラ王を確認する。  そして背後からアルワーンが出てきたのを目にし、彼の黒い瞳が見開かれる。  イスラ王は気づかないふりをした。 「あー……。やっと戻ってきたわけだ。末っ子が」  アルワーンが人だかりの真ん中にその姿を見つけ、言った。 「その呼び名は何なんだ」 「王子と言うわけにもいかないだろう?」  これだけ大きな声で喋っておいて、今更配慮も何もない。 「そんな配慮は、一切必要ないようだぞ。見てみろ。誰も、ヤツが王子でないと知らない者はいない」  皮肉の中に、ナギに対する棘がある。 「それほど嫌う、理由はなんだろう?もしかして羨望への渇望なのかな?彼は色々と、キラキラしてるからね」 「声がでかいぞ。アルワーン。心の中に留めておいた方が、私の怒りも買わないで済むこともある」 「覚えておこう」  人だかりが落ち着き、ヨタカがオブシディアンの側にやって来た。  二人は軽く拳を合わせ、互いの無事を喜ぶ。 「それにしても遅かったな。何かあったのではと、気が気じゃなかったぞ」 「鷹を飛ばすのが遅れてすまない。途中で二度もスコールに降られて、鷹も飛ぶのを嫌がってしまった」 「そうか。スコールか……。こちらへはうまいこと、風の流れで来なかった。それは災難だったな」 「いや……、そう悪くなかった」 「うん?今なんて言ったんだ?」 「あ、いや。何でもない」  オブシディアンが、ヨタカの様子に首を捻る。  ようやく、村人から解放されたナギが近寄ってくる。  まだ話が終わってなかったはずの、ヨタカがスッと消えてしまう。明らかに、何かに動揺している様子だ。  オブシディアンにはピンとくるものがあった。  どうやら道草を食っている間に、二人は悪くない方向へいっているらしかった。  オブシディアンはまるで自分のことのように、それを嬉しく思った。 「遅くなってごめんなさい。ヨタカは悪くないんだ。俺の我儘にヨタカをつき合わせてしまって……」  なんだ?ヨタカが罰せられる心配か?  オブシディアンの中でどうしても、発見した新たな事実で、ナギを揶揄いたい衝動が沸いてくる。  しかし、緩む口元を隠すオブシディアンの後ろから、冷たい声がした。

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