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第11話

 その日も変わらないいつもの日常だと思っていた。  恭介は仕事に行っていて、紬は家で一人。  大きくなってきたお腹。無理はしないようにと言われているので、紬は度々休憩しながら家事をした。  夕方。  もう少しで彼が帰ってくるなと時計を見た時、スマホが音を立てる。  恭介からの連絡だろうか。もしかして仕事が遅くなるのかな。そう思って画面を見る。  そしてスマホを手から落とした。  画面にはもう二度と連絡が来ることはないと思っていた名前が表示されている。  スマホを拾い、震える指で届いたメッセージを開き、文章を読んで口を手で押さえた。 『あの時は酷い事をしてごめんなさい。連絡が欲しい。』  信じられなかった。番を解消するという酷いことをしておきながら、こんな連絡を寄越してくるなんて。  ──それでも。  紬は少し喜んでしまった。  あの時のことを時雨も後悔しているんだと知って。  ポロポロ涙が零れるが、これは悲しいからなのか嬉しいからなのかよくわからない。  多くの感情から溢れているそれは止まることを知らず、そのうち恭介が帰ってきた。  恭介はすぐに紬に駆け寄り「どうしたの」と問いかける。  紬は正直に連絡が来たことを伝え、その内容を見せる。  途端、彼の顔から表情が無くなり、暫く重たい沈黙が流れた。 「……どうしたい?」  恭介は腸が煮えくり返りそうなのをなんとか堪え、落ち着いた声で聞く。  紬は首を左右に振って手の甲で涙を拭った。 「わ、わからない……っ」 「……」 「お、俺、怒ってる、けど……よ、喜ん、じゃった……っ」 「……連絡が来て嬉しかったんだね」  恭介の温度の無い声。少し脅えた様子の紬を見て落ち着くように深く息を吐き、紬の隣に腰を下ろす。  そして珍しく……というより初めて、甘えるように紬の肩にトンと頭を乗せて「ヤだな」と言った。 「……?」 「連絡、してほしくないな」 「ぁ……そ、そう、だよね」 「うん。……でもそれは俺の我儘だから気にしないでね」  恭介はそう言いながら、心の中ではずっと『嫌だ』を繰り返している。 「連絡するかしないかは、君の好きなようにしなきゃダメだよ。お腹にいる子は間違いなく元番との子なんだし……。子供のことを元番は知らないんだから、伝えることも大切だと思うし……。」 「……ん」 「でも俺は、君がずっとここにいてくれたらいいなって思ってるよ。」 「!」  紬は泣いたせいでまだ潤んでいる目を見開き、肩に寄りかかる彼を見る。  それってどういうこと?  ずっとここにいてくれたらって、つまり──?  今度は恭介の言葉の意味を理解するのに頭を悩ませる。  けれど答えが見つからなかったので、まだ肩に乗せられている彼の頭にコテンと頭を寄せてみる。  恭介は嫌がらない。普通なら嫌がるはずのその行為を受け入れてくれるので、もしかして、もしかすると、彼は自分を受け入れてくれるのではないかと思った。

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