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第35話 新しい幸せ
充希が十ヶ月になる頃。
紬は体の異変を感じていた。
どうにも吐き気が止まらなくて、ここ最近はいつも顔を顰めていた。
紬はこれまでの人生で『我慢』ばかりを覚えていたので、恭介に伝えることなく一人で耐えていたのだが。
ある日料理をしようとして襲ってきた気持ち悪さにトイレに走ったところ、仕事が休みだった恭介にその姿を見られてバレてしまう。
「どうしたの、気持ち悪いの?」
「っ、」
トイレに顔を突っ込んでいると、恭介が心配そうにやって来て紬の背中を撫でる。
紬は生理的な涙を滲ませ、コクコク頷いた。
そしてなんとなくこの体調不良の原因が何か、思い当たる節があって、チラッと恭介を見上げ──。
「……前の、発情期の時……ゴム、着けなかった……よね……?」
「え……」
恭介は目を見張り、紬の肩を掴む。
「ま、待って、もしかして……」
「ぁ、明日、病院行ってみる」
恭介は期待に胸をバクバクとさせる。
結局その日紬は料理ができず、そもそも食欲もなかったのでベッドで休むことに。
充希を妊娠したと知った時は不安でたまらなかったけれど、今回は恭介がいる。
紬も不安よりも期待を胸に抱いて、その日は早く眠った。
■
「妊娠してますね」
「!」
翌日、急遽仕事を休んでくれた恭介に充希を任せて紬が一人病院に行くと、そう言われて泣き出しそうになった。
病院を出てすぐ、家に向かう。
家には愛する二人が待っている。
走りたいけれど転けちゃ困るので、紬は早足で歩き家に着いた頃には息が上がっていた。
そして、「おかえり」と柔らかく微笑む恭介に抱きつく。
恭介は『これはどっちだろう』と少し悩みながら紬の背中に手を回した。
「ぁ、み、充希は?」
「充希はお昼寝中だよ」
「そっか……」
紬はまだ少し呼吸が荒い状態で、恭介から体を離すと、彼の腕をキュッと掴んで目を見つめた。
「赤ちゃん、いるって……!」
「!」
恭介は嬉しさのあまり声が出なかった。
二人目の子供が生まれる。
声は出なかったが、涙が自然と溢れてきて、恭介はそっと紬を抱きしめた。
「嬉しい」
「ん、俺も」
恭介の言葉に紬は返事をして、涙が流れる彼の頬をそっと拭ってあげる。
それからそっと唇にキスをして、「あのね」と柔らかい声を出した。
「そんなに喜んでくれて、凄く嬉しい」
「だって……喜ぶに決まってるだろ」
「充希も、喜んでくれるかな」
「きっとそうだよ。」
三人の生活が、あと一年も経たないうちに四人になる。
きっと忙しくて大変だろうが、二人でならきっと頑張れるだろう。
紬と恭介はそうして幸せに包まれていた。
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