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第45話 ひより

 時間が来ると仙波は髪を解いて小さく息を吐いた。  初めて契約を結んでくれたお客さん。  なので、より仕事に身が入る。  額に浮かんだ汗を拭い、立ち上がった。  その部屋は時雨の寝室で、大きいサイズのベッドが置かれている。  ぼんやりそこを見ていた仙波は、ふと『こんな広い家に一人で住んでるんだなぁ』と何気なく思った。  寂しくないのかな、と最後に掃除のために移動させた物を元の場所に戻していると、視界に入った指輪が二つ。  二つはサイズが異なっていて、けれど全く同じデザインだった。  仙波は『もしかして、誰かと住んでた……?』とジッと指輪を眺める。  そんな時、「仙波さん」と時雨から声が掛かって驚いて振り返る。 「は、はい!」 「そろそろ時間、ですよね。」 「あ、はい。すみません。すぐ行きます」  仙波は少しバタバタしてリビングで待つ時雨の元に行く。  時雨はテーブルに飲み物とお菓子を置いて待っていて、仙波はそれをキョトン……と眺める。 「どうぞ」 「ぁ、ありがとうございます……」  仙波はまさかこれを自分のために用意してくれたのだと知り、嬉しいさに頬を緩める。  椅子に座り、「いただきます」と言って用意されているお茶を飲む。  ちょうど喉が渇いていたので、潤う感覚にホッとする。 「仙波さんはどうして今のお仕事されてるんですか?やっぱり掃除が得意だから……?」  時雨が何気なしに言う。  仙波は小さく口角を上げた。 「確かに得意ではあるんですけど……なかなか、就職先がなくて。今ではこの仕事も合ってるなと思うんですけど、元は仕方なく……。」 「そうなんですね……」 「やっぱり性別の事があるので、定期的に長期で休まなきゃいけなくなるし……」  時雨は仙波の言葉に胸をキュッと締め付けられた。  発情期のことを言っているのだとすぐにわかる。  時雨自身、紬が発情期の時は仕事を休んでいた。  いつからかそれを煩わしく思ってしまい、酷い言葉を紬にぶつけて番を解消するだなんて、最低なことをして。 「市谷さん……?大丈夫ですか……?」 「……すみません。あんまりプライベートなこと、聞いちゃダメですよね。」 「あ、いや、全く!お気になさらないでください!」  時雨が顔を曇らせたので、仙波は話題を変えようと「そういえば!」と明るく言って両手を叩く。 「あの、さっき掃除をしていたら指輪があって!もしかしてどなたかと一緒に暮らしていらっしゃっるんですか?」 「!」  時雨はハッと目を見開き、それから薄く笑う。 「前は……二人で暮らしてました。」 「前は……?」 「はい。番だったんですよ。」  時雨は別れを告げた時の紬の表情を思い出して呼吸が速くなる。 「え……じゃあ、市谷さんって……‪アルファかオメガ……?」 「‪アルファです」 「!」  仙波は目を見開き、少し居心地悪そうに両手を握る。 「……番と、暮らしてました。この家で。」 「でも、番ならずっと一緒にいるはずじゃ……」  仙波はそこまで言って慌てて口を閉じた。  もしかすると、死別したのかと思って。 「俺は、番を捨てたんです。」 「……え?」 「発情期が煩わしくなって、番を捨てた。」  時雨は仙波を見ることも出来ずに俯いた。
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