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第44話 ひより
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あれからしばらく。
時雨はちょっとしたチョコレートのお菓子と飲み物を用意して、仙波が来るのを待っていた。
気をつけて生活をしていたので、前のように汚すぎることはないと思われるが、やはり紬と生活をしていた頃のように整理整頓ができている訳では無い。
紬は時雨が仕事の間、家のことを全てしていてくれたので、紬が居なくなってようやく、彼がしていてくれたことに対しての有難みを知り申し訳なく感じている。
軽快な音がなる。
時雨はハッとして玄関に行きドアを開けた。
すると仙波が居てニコニコ笑顔のまま「こんにちは」と挨拶される。
「こんにちは。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
仙波を家にあげる。
廊下を歩いてリビングに行くと、仙波が荷物を下ろした。
「コース契約してくださったと聞きました。ありがとうございます」
「いえ。なんせ片付けが苦手で、前に来たくださった時すごく綺麗にしてもらえたので、定期的に来てもらおうと思って……」
「……良かった。前回最後に性別の話しちゃったので、嫌がられてたらどうしようって実はちょっと気になってて」
時雨は少し驚いて目を瞬く。
どっちかと言うと、気にしないでと伝えたつもりだったのだが。
「俺の方こそ何か……嫌なこと言っちゃいましたかね。」
「あ、違うんです!これはもう、昔からの癖というか……。ごめんなさい。お気になさらないでください。」
仙波はそう言って笑う。
それから慌てたように「そういえば!」とバッグをゴソゴソし、中から名刺を取りだした。
「市谷さんのお陰で、名刺作って貰えたんです。コース契約初めてで……。」
「え……名刺って普通貰えるものじゃ……?」
「ぁ……それも、性別のせいで……。」
Ωはそれほどまでに差別されているのかと、時雨がなんとも言えない気持ちになった時、仙波はニッコリ笑った。
「改めまして、仙波柊晴 です。よろしくお願いします」
「あ、市谷時雨です。」
時雨は仙波の名刺を受け取ってペコっと頭を下げる。
そして仙波は髪をキュッと結ぶ。
「じゃあ……えっと、今日もお片付けさせていただきますね」
「お願いします」
時雨は貰った名刺を眺めながらソファーに座った。
名刺ですら、オメガというだけで作って貰えないのか……。
あまりにも厳しい世の中だ。
それでも一生懸命働いている仙波を、時雨は同情に似た感情を抱え見つめていた。
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