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第43話 ひより
結局仙波はお金を受け取ることは無かった。
時雨も強く言えないので、彼が要らないのなら……と大人しく引き下がる。
「今日はありがとうございました! よろしければまた、ぜひご利用ください。」
「こちらこそありがとうございました」
仙波は愛想良く笑顔で出て行く。
玄関のドアが閉まると、時雨は無意識に入っていた肩の力を抜いた。
「……オメガ、か。」
紬を思い出し、自虐気味に笑う。
『性別のせいで料金が安くなるのはおかしい』と、よくも自分が言えたものだ。
番だった紬に、性別のことで酷い言葉をぶつけていた人間が、よくも。
「……」
感傷に浸りにながらふと視線を上げる。
部屋を見渡した時雨は、見違えるように綺麗になったことに、素直に『すごい』と思った。
自分だけじゃ絶対にできなかったことだ、と。
仙波はほぼ一人で整理をしてくれた。それはきっと大変な作業だっただろう。
「……暫くこの状態を保たなきゃな」
果たしてそれができるのかどうかはわからないが、あまり汚さないようにしなきゃ、と思ってすぐ、時雨はピコンと思いついた。
定期的に仙波に来て貰えたなら、汚くなることは無いのでは?と。
なので時雨は少しして仙波の働く会社に電話をし、定期的に掃除をしてもらうコースは無いかと問い合わせた。
聞けばそういったコースはあって、時雨はそれなら……と二週間に一度のペースでお願いすることにした。
なぜ時雨がこんなにアグレッシブに動けたかというと、久しぶりに職場以外の人間と話すことが出来たからである。
ココ最近はずっと塞ぎ込んでいた状態であったため、時雨自身に自覚は無いのだが、少しだけ気分が高揚していた。
──今度来てもらう時には食べ物でも用意しておこう。甘いものは好きだろうか。
気づけばそんなことを考えていた時雨はその日その後、珈琲を入れ、広くなった部屋で静かな時間を過ごした。
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