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第49話 ひより

「はぁ……」  時雨は仙波を見送り、綺麗になった家で一人深く息を吐く。  仙波に微笑まれたことで、気持ちが少し楽になった。  仙波が紬と同じオメガだからか、決してそういう訳では無いのだが、少しだけ許された気がしたのだ。 『もう二度と会わない』と言った紬に対して、時雨はその通り、会わないであげる事が自分に唯一できる償いだと思っている。  紬に許してもらえるなんて微塵も思っていないし、そもそも二度と会えないのでそんなことは有り得ない。  なので、期待していなかったものをほんの少しでも与えられたと思うと、心が解れた。  だからこそ、時雨は仙波に嫌われたくなかった。  彼に嫌われてしまえば、全てが終わるような気がして堪らなくて。    仙波が帰ってから少しすると、時雨は先ず、指輪を手放そうと手に取った。  紬にはもう恭介という信頼出来るパートナーがいるし、そもそも紬を捨てた自分がいつまでもこれを持っているのは失礼でもあると思って。  ──けれど。  いざ、手放そうとすると、楽しくて幸せだった日々を思い出す。  次第に手が震えだし、罪悪感に押し潰されそうになって床に座り込んだ。  帰ってくると笑顔で迎えてくれた。  家事を全部こなしてくれて、料理だって美味しくて。  一緒に眠る毎日は温かく、朝になると柔らかい声が「おはよう」と起こしてくれる。  そんな当たり前に有った幸せを無下にした自分自身を、今はどうしても許せない。 「……ごめん……っ」  秒針の音が、やけに大きく聞こえた。  ■  時雨は段々と思い詰めるようになり、ある時から眠れない夜が続いた。  ベッドに入っても、微塵も眠たくならずそれどころか胸辺りがソワソワして落ち着かない。  真っ暗な部屋で眠ることも出来ずに朝を迎え、仕事に行く日々。  次第に目の下にクマができて、どんどん濃くなっていく。    すると突然、体が限界を迎えた。  それはたまたま、仙波が片付けに来てくれていた時のこと。  「終わりました」と言いに来てくれた仙波に飲み物を用意する為立ち上がった時に、視界がグニャリと歪に曲がる。  立っていられずにバタッと倒れて床に手を着くと、それを見ていた仙波が慌てて駆け寄った。 「市谷さん! 大丈夫ですか?」 「……大丈夫です」 「顔色真っ青ですよ。病院行きますか? ついて行きますよ」 「や……ほんと、大丈夫なんで……」  とりあえず立ち上がろうとして視界が歪む気持ち悪さにそれは諦め、グッと目を閉じて深呼吸する。 「起きれます? とりあえずベッドかソファーに寝転がって……」 「……すみません、今ちょっと動けないので……。あ、飲み物、飲んでください……適当に……」 「それどころじゃないでしょ!」  仙波は少し声を強め、ムッとしながら時雨の背中を撫でる。  どうにも自分を大切にしようとしない時雨に少し怒っていた。
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