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第50話 ひより

 吐き気が少し治まると、時雨は仙波に迷惑をかけまいと小さく口角を上げた。 「大丈夫です。すみません。」 「……病院行きますよ」 「いや本当、もう何ともないので」 「そんなに顔色悪い癖に何ともないわけがないでしょう!」  普段怒ることも無く、どちらかと言えば静かな仙波が、少し声を荒らげて時雨の腕を掴んだ。  時雨は驚いて目を見張る。 「一人で行くので……!」 「嘘だ。何ともないって言う人が一人で行くわけない」 「……もう時間ですよね?」 「仕事はもう終わりです。フラフラで危ないし、病院について行きます。準備できますか?このまま行きます?」  結構強引な仙波に、時雨は戸惑いながらも「このままで大丈夫です……」と言い、ゆっくり立ち上がる。  そして財布を手に取り、パーカーを羽織った。  自分よりも身長の低い仙波に腰を支えられながら家を出て、病院までの道を歩く。 「市谷さん、最近眠れてないでしょ」 「え」  途中、彼の言った言葉にギクっとした。  体は休まらないし、脳はいつでも起きている感じ。  メンタルも疲弊しているようで、全身が重い。 「クマが酷いです。」 「……ちょっと、考え事してて」 「そうなるまで考え事なんて……。俺に話してみませんか? 解決できたりして」 「いや……はは。」  笑って誤魔化そうとしたのだが、彼は流してくれず時雨の顔を覗き込むと「心配です」と一言零した。 「心配……?」 「はい。だから、一人で抱え込みすぎない方がいいですよ。今日みたいに倒れちゃう」  どうして彼が自分を心配するのかが分からず、『嗚呼、そうか。仕事が無くなったら困るから』と勝手に結論づけて頷く。 「もしも俺が倒れても、コースの契約は解除しませんよ……?」 「何の話ですか……」 「? 仕事が無くなるから、その心配……?」  まさか彼が純粋にこんな自分を心配してくれるとは思ってはいない。  なので苦笑してそんな言葉を吐くと、仙波はググッと眉間に皺を寄せた。 「仕事じゃない! 市谷さんが心配!」 「え……何で?」 「何でって──え、何で?」 「俺が聞いたのに……」 「と、とにかく! ほら、もうちょっと頑張って」  もう少しで病院に着く。  仙波は少しだけ焦ったようにして、時雨を支えて足を進める。  時雨は『本当に何で?』と首を傾げながら、彼に導かれるままに歩いた。

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