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第54話 ひより
「仙波さん?」
「あ……あの、実は俺、作られた香りが苦手で……」
「? はい」
「だから、柔軟剤とかそういうのも、無香料のものしか使ってないです……」
俯く仙波に時雨はなるほど、と頷いたのだがそうなるとあの香りは何だろうと小首を傾げる。
「じゃあ何だったんだろ。すごくいい香りだったんです。少し甘くて……花? そんな香りで」
「っ、あの、」
「はい?」
真っ赤な顔をしている彼は、服の裾をギュッと強く掴んで顔を上げることなく言葉を落とした。
「俺、オメガ、です」
「えっと……、はい。知ってます」
「……。多分、フェロモンの匂い、かも……」
「ああ、フェロモンの……。……え?」
ふむふむと頷いていたのだが、声に出すと漸く理解ができて時雨は慌てて口元を手で覆った。
「す、みません……デリケートな、話を……」
咄嗟に立ち上がり声を出しながら頭を下げる。
セクハラだと言われてもおかしくない。
「いえ……あの、大丈夫、です。うん。大丈夫。ちょっとびっくりしただけです……!」
「本当すみません。今後は軽率な発言をしないように気をつけます。すみません」
「大丈夫ですから!」
駆け寄ってきた仙波に頭を上げるように肩を叩かれ促された時雨は、抗うことなく姿勢を直して真正面から彼を見る。
彼はまだ真っ赤な顔で困ったように笑っていた。
「あ、そ、そうだ! 俺のフェロモンで眠気がくるなら、眠れるまで傍にいますよ!」
「いや、ダメです。フェロモン漏れてるんだから薬飲んで落ち着いたら帰ってください」
何言ってんだこの人、と時雨は苦笑する。
アルファである自分の前にフェロモンの漏れているオメガの仙波が居るのは危険だろうと思って。
「でも……市谷さん、眠れてないじゃないですか。お医者さんからも睡眠不足だって言われたでしょ」
「それとこれとは別の話ですよ」
ムグッと口を閉じた仙波は少しすると「わかりました」と納得のいっていない様子で言い、抑制剤を飲んでキッチンに戻っていく。
無言で料理を再開した仙波と時雨の間には何とも言い表せない空気が漂っていた。
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