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第53話 ひより

 家に帰るとすぐ、仙波が「ちょっと買い物行ってきます!」と言って慌ただしくまた出て行った。  それなら帰り一緒にスーパーに行ったのに。 「あ、お金……」  自分のご飯を作ってもらうのに、お金を渡すのを忘れていた。  やっぱりいくら話してもらえるだけで嬉しいと言われても、お金に関しては気が引けてしまう。  なので後でちゃんと返さなくては、そう思いながらソファーに座り仙波が帰ってくるのを待つ。  カチカチ秒針が大きく聞こえる。  一人で話もせずにいるのは退屈だ。  フワフワ欠伸を零しながら暇で仕方なくテレビをつけたのだが、特に面白いものもなくてぼんやり画面を眺めるだけ。  そうして時間を潰していると、暫くして仙波が帰ってきた。  「キッチン借ります」と言って、休む間もなくいそいそと時雨のご飯を作りだす。 「あの、お金払うのでレシートくださいね」 「あ……これは俺が勝手にやった事だし……」 「お願いです。さすがに良くしてもらいすぎて気が引ける」 「……わかりました。けど、ちゃんと食べてくださいね。」  仙波は思っていたよりも頑固だ。  時雨は苦笑して頷き、仙波の姿が見えるテーブルの席に腰掛ける。 「市谷さんは寝ててください」 「いや……あ、そういえば、仙波さんって何か香水つけてますか」 「香水? いや、何も……?」 「じゃあ柔軟剤かな……何使ってますか」    時雨はそう聞いてから、気持ち悪い奴だと思われるんじゃないかと思って慌てて「違うんです!」と声を出す。 「えっと……何が?」 「いや……あの、病院で仙波さんの柔軟剤の匂いだと思うんですけど、それ嗅いだら眠たくなって……だから、それ使ったら、毎日眠れるようになるかなって……」  時雨は視線を逸らし、テーブルを見ながら早口で話した。  が、やっぱり気持ち悪いと思われたのか、仙波からの返答が無い。  怖くなりながらも顔を上げて、チラッと彼を見れば、何故か顔を少し赤らめていた。

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