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第56話 ひより

■  時雨の体調は改善も悪化もせずにいた。  夜はやはり眠れなくて、仕事中に船を漕ぐことも多くなった。  それを見兼ねた上司が少し休みなさいと言ってくれて有給をとることもあったのだが、休んだところで眠れる訳ではない。  むしろどうしてこんなに弱いんだと、自分を責めるような考えが頭に浮かぶこともしばしば。  そして、仙波は言っていた通りに発情期がやってきたようで、家事代行をお願いをしていた日に彼から連絡があり、暫く彼には会えていなかった。  何とか生きているような状態で、家はまた段々と汚れていく。  時雨自身もこれはまずいと思い早く体調が回復するようにと、眠れるように日中体を疲れさせたりしたのだが上手くいかなかった。  ピンポーンと軽快な音が鳴って玄関に行く。  今日は久々に仙波が来る日だ。時雨はヨタヨタと玄関に行きドアを開けた。 「あ、こんにちは……っ!?」  そして彼を確認した途端、ふんわり漂った甘い香りに脱力して彼に寄り掛かるようになってしまう。 「え、市谷さん……? どうしました、大丈夫?」 「……すみません、ちょっと、力が抜けました……」 「い、家、入りましょう。ごめんなさい、ちょっとだけ頑張ってください」 「すみません……」  仙波に手伝ってもらって家に入り、廊下に座る。  彼は心配そうに時雨を見下ろしたあと、同じ視線の高さになるようにしゃがみこんだ。 「体調、良くなってないみたいですね」 「あ……眠れなくて、やっぱり」 「……せめて今日、俺が片付けてる間は寝てください」 「……」 「あー……えっと、一緒にいた方が寝れますか……?」 「へ……あ、いや、大丈夫です」  体が動くようになって、時雨は立ち上がるとフラフラソファーに向かう。  後ろを続く仙波は、前に来た時より部屋が荒れているのに気づいた。 「発情期の時、来れなくてすみません」 「それは仕方ないことなので、謝らなくて大丈夫です」 「今日は前来れなかった分も働くので!」 「いつもと同じでいいですよ」  久しぶりにする仙波との会話。時雨は懐かしさすら感じてソファーに座るとウトウトし始める。  仙波の声のトーンや、リズムが心地よく感じたのだ。 「市谷さん。ここに置いてある資料って──……あれ、寝た……?」  少しして散らかっていた棚の上を整えようと思ったのだが、どうも仕事の資料のように見えたので一度聞いておこうと時雨に声をかける。が、時雨は目を閉じて静かに眠っていた。  どうせなら横になればいいのに、座ったままだ。 「あ……何か、掛けるもの……」  ずっと眠れていなかったのは仙波から見て一目瞭然だった。  目の下のクマは濃くなっていたし、顔色も悪かったので。  薬をもらっていたはずだけれど、ちゃんと飲めなかったのかな。  心配になってそっと指先で目元のクマに触れる。 「……」  このまま、この人が眠れるように傍に居てあげたいのだけれど。  そうして彼を見つめていた時、時雨がゆっくりと音を立てずに目を開けた。

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