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第57話 ひより

 ジッ、と目が合い仙波はハッとして顔を赤くしながら手を引っこめる。  何をしているんだと、自分の行動が恥ずかしい。 「すみません。あの、資料どうしたらいいかと、思って」 「……資料?」 「はい。棚の上、片付けようと思って……」 「……俺、寝てました?」 「はい。あ、起こしちゃってすみません」  時雨は寝ぼけているようで、少しの間ぼんやりすると「なんでしたっけ……?」と首を傾げた。 「棚の上に資料があって……」 「ああ……すみません。片付けます」  立ち上がった時雨を追いかけるように傍に行き、ここですと言えば彼はそれを眺めた後に適当に纏めて手に取った。 「前に来てもらった時に随分片付けてもらったのに、またこんなに散らかしてすみません」 「え、いいんですよ。片付けるのが俺の仕事なので。それに体調が良くないんだから、少しでも休んだ方がいいと思うし」 「……前の番のこと、考えちゃって」  ボソッと呟くように落とされた言葉に仙波は気まずそうに視線を逸らす。 「いつも俺のために良くしてくれたのに、どうしてあんなに酷いことができたんだって」 「……」 「今更……後悔してます。きっとこの先もずっとどうしても自分が許せなくて……だから、これは多分罰で、」 「ちょ、っと……市谷さん、落ち着いて」  心の内を吐露する時雨に仙波はそう言いながら彼の背中を撫でる。  細かく震えているのがわかって、顔を覗き込めば目には涙の膜が張っていた。 「市谷さん」 「……すみません」 「俺は何もされてません。とにかく座って、お茶でも飲みましょう」  時雨を椅子に座らせ、温かいお茶を入れる。  隣に座って少しでも彼の心が穏やかになるように背中を撫で続けた。 「すみません。迷惑ばかりかけて」 「そんなこと……何も気にしなくていいから、早く体調戻さないと」  時雨が本当に後悔していることも、自信を責めているということもわかっている。  けれどこのままずっと思い詰めていては、嫌な結果に繋がるのではないかと少し不安でもあるのだ。 「よし。市谷さん」 「? はい」 「俺からはまだ香りがしますか」 「えっと……はい。甘い香りがします」 「ならよかった。……まあ、発情期終わったのにまだ香りがすると言うのが少し疑問ではありますが……」  仙波が何をしようとしているのかが分からず、時雨は怪訝な顔で彼を見つめる。 「これは仕事とは別です。ただ、市谷さんが心配だからするだけです」 「……? 何?」 「ベッド行きましょう」 「……。はっ?」  意味がわからないまま強引に時雨を寝室に連れていった仙波は、困惑したままの時雨をそこに寝かせると自身も隣に寝転んだ。

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