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第59話 ひより

 自分勝手な言動ばかりだったと思う。  理不尽を全て紬のせいにして、自分のマイナスな感情を薄めようとした。  それでも心優しい紬は怒ることも無く、自分を受け止めてくれて。  全て自分が悪いのはわかっている。  『もう二度と会わない』と言われるだけのことをしたし、紬が築いた新しい家族の幸せを少しでも歪ませるような事はしたくない。  自分の姿が一瞬でもチラつくような事はあってはならない。  息を潜めるように静かに。そうして生きていくことが一番の償いになるのではないかと思う。  けれど、誰よりも自己愛が強く、誰かに置いていかれるのを嫌う時雨の隣には、誰かがいなければきっと自分の足で立つことすらもままならない。  過去にしてしまった罪が覆い被さってくる。  受け止めなければならないけれど、苦しくて逃げ出してしまいたい。  藻掻けば藻掻く程に押さえつけられて、上手く呼吸ができない。 『大丈夫』  そんな時、たった一言その言葉が振ってきて、ピタッと動くのをやめた。  落ち着いた透き通った声は、『ちゃんと聞かなければ』と思わせる。 『大丈夫』  何を被害者ぶっているのだと、お前に傷つく権利はないと後ろ指を刺される筈なのに、その声は心を宥めてくれる。    静かに覆い被さるそれを目を閉じて受け入れた。 ◆ 「あ、おはようございます」 「……おはよう、ございます」  やけにスッキリした目覚めに時雨はポケーっとしながら、声をかけてきた仙波に返事をする。 「少しの間ですけど魘されてましたよ。怖い夢見ました?」 「いや……」  時雨は額を押えて俯いたのだが、ハッとして時計を見上げた。  短針が七を指している。 「あ、時間……すみません、寝すぎました。ごめんなさい」 「いいんですよ。ご飯できてます。俺はそろそろ帰りますが、ちゃんと食べてくださいね」 「あ!」 「? どうかしました?」  髪を解いた仙波が首を傾げると、時雨は視線をキョロキョロと彷徨わさる。 「何でもないです。すみません。何から何までありがとうございました」 「いえいえ。ところで顔色、さっきより良くなりましたね」  にっかり笑った仙波に、時雨は釣られるように小さく口角を上げた。 「久しぶりによく眠れた気がします」 「それはよかったです」 「また、えっと……二週間後ですよね。迷惑掛けます。よろしくお願いします」 「大丈夫ですよ。こちらこそよろしくお願いします」 「!」  仙波の『大丈夫』は夢で聞いたそれと同じ声だった。  魘されていたと言っていたので、その時そうして声をかけてくれていたのかも。  時雨は少し気恥しさを感じ、それを隠すように薄く笑って見せた。
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