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第60話 ひより

 夢の中で『大丈夫』という言葉を貰ってから、時雨は少しずつ眠れるようになっていった。  おかげで集中力も取り戻してきて、仕事も以前より捗っている。  なにかの本で部屋は心の中を表していると言っていたので、部屋を整えれば心も整うのではと気がついた時には整理整頓をした。  そうすればどこかスッキリした気持ちになって、普段よりもネガティブな感情にならずに過ごせた。  だが、時雨はあることに気がついてハッとする。  それは仙波が片付けに来てくれる日の、前日の夜のこと。 「……」  ここまで綺麗にしてしまったら、仙波さんのすることが無いのでは?  彼の仕事を奪ってしまったのでは。  彼はオメガで、なかなか就職ができないと言っていた。  俺が自分で部屋を片付けるなんて、彼をもう必要としていないと言っているみたいだ。  グルグル考えてしまった時雨は、なんとか部屋を汚そうとしたのだが、考えてできることではなかったので結局綺麗なまま次の日を迎えた。  ■ 「おはようございます!」 「……おはようございます」 「? どうかしましたか?」 「……仙波さんに、悪いことをしました」 「え、何でしょう……?」  玄関での突然の告白に仙波は困惑する。  それもそうだ。二週間前最後に会った相手に、悪い事をしたと言われたのだから。 「前に本で読んだんです。部屋は心の中を表しているって」 「はい。……?」 「だから、心を整えるには部屋を整えるのがいいのかもと思って」  ハッキリと言葉にすればいいのにモジモジしてしまう。  人を傷つけてしまうことに対して、酷い罪悪感を覚えるようになったからだ。  仙波はそれを知ってか知らずか、時雨の言葉を予想して口に出してみた。 「片付けしてみました?」 「! はい。でも、そうしたら仙波さんの仕事を奪うみたいで」  少し顔色を悪くした時雨に、仙波はあははと笑ってみせる。 「片付けてくれて嬉しいですよ! 市谷さんの心に少しでも余裕が出来てきたってことでしょ? 前に会った時より随分顔色もいいし、回復してる証拠です。」 「あ……」 「このサービスは別にずっと続けていくものでも無いですし……。だから俺は大丈夫ですよ」 「え、」  髪を括りながら、準備をする仙波から時雨は目が離せなかった。 「いつ契約を解除してもらっても大丈夫です。俺のことは気にせずに、市谷さんの思うようにしてください」 「!」  どうしてそんな話になったんだ。  時雨は慌てて仙波に駆け寄り、ぐっとその手を掴む。 「契約解除なんて、そんなこと考えてないです」 「あれ、そういう話じゃない……?」 「今日はあんまり片付けてもらうところがないかもってだけで……。俺には仙波さんが必要なので、解除とかそういうのは、有り得ません……」 「えっ、」  仙波の顔がポッと赤くなる。  時雨は自分が口にした言葉がまるで愛の告白のように思えて今更恥ずかしく思えたのだが、それでも本心だったので何一つ訂正することなく彼をじっと見つめた。
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