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第61話 ひより
「ひ、必要って、あの……」
「はい。必要です」
「わ……。わ、わかりました。あの、とりあえず仕事します。それから話をしたいです」
「話……? はい。お願いします」
手を離すと仙波は顔を両手で覆った。
もしかして詰め寄るような態度が怖かったのかと、慌てて謝れば首を左右に振る。
「違うんです……ドキドキしました……」
「……ドキドキ? あ、やっぱり急に詰め寄られていい気分じゃないですよね。すみません。水飲みますか」
「いや、いえ、大丈夫です。働きます!」
仙波は慌てた様子で動き始めると、片付けが甘い場所があったようでそこを見つけて整え始めた。
■
掃除を終えた仙波は、夢中になっていたおかげで止まっていた思考を取り戻し、時雨の言葉に胸をドキッとさせた。
これまでに彼がどんな人生を送ってきたのかは教えてもらったし、出会う前にオメガ──元番に対してどれだけ酷いことをしてきたのかも知っている。
同じオメガだからこそ許せないことばかりだが、今の彼は元番と子供に対する罪悪感で押し潰されてしまうのでは無いかと思うほどに後悔と反省をしている。
それに加え、今じゃオメガに対する考えも変わっているようで自分には親切にしてくれる。
誰かに必要とされたことの無い仙波は、真っ直ぐに必要だと言ってくれた事にただ嬉しさを感じた。
リビングで待っていた時雨のところに戻り、「終わりました」と声を掛けると、彼は立ち上がってキッチンに消え、お菓子とお茶を用意してくれる。
有難くそれをいただいた仙波は、早速話したかったことを口にした。
「市谷さんは、俺が必要だって言ってくれましたけど……それって、どういう意味ですか……?」
「え、意味……? そのままです。仙波さんがいてくれるから今こうして立てているというか……」
視線を逸らした彼に、どうにかこちらを向いていて欲しくて名前を呼ぶ。
「それは片付けしてくれる業者として、ですか?」
「え、いや、俺個人と仙波さんの話です。例えば仙波さんが友達だったら……それはそれで嬉しいな。そうすれば時間とか仕事とか関係なく話が出来そうですね」
「……」
友達だったら。時雨のその言葉にどこか落胆した自分がいて、仙波はむぐっと唇を噛む。
「あ、必要というのはオメガとアルファの関係性のことを言ってるわけじゃないです。番がほしいとももう思わない。というより思えないです。俺みたいなのが相手を幸せに出来るわけないし」
「……俺はオメガだから、いつかはアルファと番になりたい」
「はい。仙波さんが良い人と出会える事を祈ってます」
仙波は心の中で『必要だと言ったくせに』と呟いて、お茶をぐっと飲み干した。
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