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第62話 ひより

「必要って言ったじゃないですか……」 「え? はい。必要です。仙波さんとは個人的にお友達になりたいとも思っています」 「……何でお友達なんですか」 「えーっと……他に、何があります?」  仙波が少し拗ねているように見えて、時雨は言葉を選びながら会話をする。 「俺だって市谷さんとは仲良くしたいです」 「あ……嬉しいです」 「でも、俺は友達じゃ遠いと思うんです」 「遠い?」  これまで誰にも必要とされてこなかったし、誰からも親切にして貰えなかった。  初めてオメガだと伝えても嫌がらなかったし、発情期で休んだ時だって彼は文句のひとつも言ってこなかった。 「俺をオメガだと知っても親切にしてくれたのは市谷さんだけです」 「……」 「必要としてくれたのも、こうして俺の話を聞いて、ちゃんと会話をしてくれたのも」  誰からも無視されることは当たり前だし、悪口を言われても暴力が無いだけましであるから、正直なところ仙波は時雨の前でだけ気を楽にできる。 「だから……さっきは強がって大丈夫って言ったけど、本当は大丈夫じゃなくて。できるなら市谷さんとずっと一緒に居たいです」 「じゃ、じゃあ……」 「でもお友達は遠いです」 「……さっきからその、遠いってなんですか」  ガタッと立ち上がった仙波は、スタスタと時雨の目の前に立つと両手を彼の肩に置く。 「市谷さん」 「え、な、何……?」  ぐっと顔を近づけ、お互いの呼吸を感じられるくらいの距離になると、仙波の心臓は激しくドクドク音を立てた。 「き、」 「き?」 「……キス、してみても、いいですか」 「は?」  時雨が思わず間抜けな顔をすると、仙波は小さくフッと笑って唇を重ねようとして── 「ん、?」 「だ、めだろ……キスはダメです。友達はそういう事しないから」  唇ではなく、その前に差し込まれた時雨の掌に唇を押し付けた。  そのままぐぐっと顔を引き離される。  仙波はブスッと唇を尖らせた。 「友達じゃなくて、こういうことをする関係になりたいって言ってるんですが」 「それは……それは、別のアルファと……」 「別のアルファじゃなくて、俺の事を必要としてくれた市谷さんがいいです」 「今後そういう人が現れると思います」 「……頑固だな」 「えぇ……?」  時雨は困惑して視線を逸らす。  その様子に本当に今は誰ともそういう関係になりたくないのだとわかって、仙波は小さく息を吐いた。 「わかりました。友達ですね、俺たち」 「あ、そうです。友達です」 「じゃあ仕事以外の時もたまにここに来てもいいですか」 「もちろん。友達なので」  全力で『友達』をアピールしてくる時雨に若干ムカッとした仙波は、ニコニコ笑って時雨の傍に寄る。 「友達から恋人に発展する人達もいますからね」 「……仙波さんって結構強引ですよね」 「いつか市谷さんと恋人になりたいです」 「……わかったから、顔近づけるの一旦ストップで……」  仙波は必ずこの人をいつかは自分の番にしようと思いながら、そっと顔を離して柔らかく微笑んだ。
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