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Firecrackers 小学4年 出会い | 合瀬 由乃の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
Firecrackers
小学4年 出会い
作者:
合瀬 由乃
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小学4年 出会い
藍田寛太朗
(
あいだかんたろう
)
は小学校3年生の時に『母親と子供の保護施設』に来た。 父親の記憶はほとんどない。 タバコの匂いと夜中に起きた時の怒鳴り声がかすかに思い出される時があるが、それも曖昧な記憶だ。 寛太朗の胸のちょうど真ん中あたりには2つの小さな火傷の痕がある。いつついたのか、 記憶にはないが、父親だった人がつけたのだろう。施設に来た時、一人の職員がこんな小さな子にタバコの火を押し付けるなんて可哀そうに、と言ったことをはっきり覚えている。 タバコ押し付けられた痕だったのか 大人ってクソだな 寛太朗はその時、自分を取り巻くこの世界をそう認識した。 真っ黒いサラサラの髪に黒々とした瞳、そしてそれを縁取るふさふさとした長い睫毛。前髪に隠れた右眉の上にある小さなほくろが時々チラリと見えるのが寛太朗の聡明な表情に大人っぽさを加味する。 寛太朗が目を伏せ前髪を指でサッと払うと大人たちは一様に同情に満ちた顔をした。 大人ってクソな上にチョロいな 施設で覚えたこの技は寛太朗の新しい世界を少し面白くさせた。 寛太朗が小学校4年生の時に施設に
尾縣美己男
(
おがたみきお
)
とその母親の
知愛子
(
ちあこ
)
がやってきた。 施設は4階建てで1階には受付と事務室、食堂兼リビングのようなスペースがある。2階からが住居になっていて、小さなキッチンと2段ベッドがついた8畳ほどの独立した部屋がホテルのように5部屋ずつ並んでいた。 寛太朗
母子
(
おやこ
)
は3階の一番端で、美己男母子はその真上、4階の端に入居してきた。 美己男は綺麗な整った顔をした色の白い男の子だった。知愛子が新しい男を作っては美己男を置いて何日も帰ってこなかったりしていたせいできちんとした食事が取れず、ブカブカの迷彩柄のシャツとズボンを着た体は、掴むと折れそうな程細く小さかった。フワフワの癖のある細い髪を後ろだけ長く伸ばし金髪に脱色して片耳には金のハート型をした小さいピアスをした姿を初めて見た時、寛太朗は でかい着せ替え人形みたいだな そう思った。 母親の知愛子は子供の寛太朗の目にも若く、施設に来ても化粧をしたりマニキュアをしたりと、派手な格好をしていて、他の疲れ切ったくすんだ色の母親とはまるで違っていた。 美己男の美しい顔立ちは父親譲りだったのだろう。かつての恋人にそっくりの顔をした美己男を知愛子は溺愛すると同時に憎んでもいた。 もう顔も見たくない、あっちへ行けと怒鳴っていたかと思うと、次の日には可愛い可愛い私のみーちゃん、と舐めんばかりに抱きしめる。そんな知愛子を美己男はちゃーちゃん、ちゃーちゃん、と呼んで常に愛し求めていた。 美己男は人懐こく、誰にでも平気で話しかけていくような子供だった。整った綺麗な顔だがニコ、と笑うと左の頬にえくぼができ愛らしい顔になる。 だが、キレやすく思い通りにいかないことがあるとすぐ大声を出して暴れ回る、というやっかいな一面を持ち合わせていた。うーうー泣きながら殴るは蹴るは噛みつくはでいつも大騒ぎになる。 しかもひどく怖がりで何にでも 「ヤダッ。」 と言って尻込みする。 施設に来る前に、電気も水道も止められた家で何日も放って置かれたことがあったせいで、特に一人になるのをひどく嫌がり暗い所を怖がった。 「同じ学年なんだから、寛太朗は美己男君の面倒をよく見てあげなさいね。」 自分が入居者であるにも関わらず、なにかと施設の仕事を手伝っていた寛太朗の母親に言われ、入居してきたその日からお世話係のようになってしまった寛太朗は、美己男のことを甘ったれた頭の悪い奴だと見下していた。 暴れたり泣いたりしても体力を消耗するだけだ。そんなことをしなくても少し悲しい顔をしていれば大人は勝手に同情して優しくしてくれるというのに。 そう思いながらも美己男と一緒に学校に行き、宿題を見てやった。 見下す相手がそばにいるのは、なかなかに良い気分だったから。 「みー、こんな簡単な計算もできねーの。これ、小3の問題だけど。」 「んー、前はあんまり学校行ってなかったからわかんない。寛ちゃんは頭いいね。泣いたりしないし、足が速くてカッコイイ。」 美己男がぽやんとした顔で寛太朗を見る。 「寛ちゃんはなんでそんなに頭良いの?」 美己男は集中力があまり続かない。 宿題をやっていてもすぐに寛太朗に話かけたり、ノートにグルグルといくつも黒い丸を書いたりする。集中力がないからか物を覚えるのも苦手で何もかもが遅い。 「さあ、父親の遺伝?」 寛太朗は本を読みながら答えた。 「寛ちゃんのお父さん、頭良かったの?」 また美己男がグルグルと黒い丸を書きながら訊いた。 「みー、早くそのドリル終わらせろって。」 寛太朗は仕方なく本を置いて美己男のドリルを覗き込む。 半分も終わっていないし、ほとんど間違っている。美己男は勉強が遅れているから特別に小学校3年生のドリルを宿題で出されているのだが、それもなかなか難しいようだった。 「僕のお父さんは頭悪かったんだねー。いいなー、寛ちゃん。」 「みーはその分、顔がいいからいいんだよ。」 寛太朗はドリルの答え合わせをしながら適当に答える。 「寛ちゃんは頭も良いしカッコイイのにー。」 と美己男はうらやまし気に言った。 寛太朗の父親は頭の良い人だったらしい。 『寛はお父さんに似て頭が良いね。それだけは感謝できるとこだわ。』 母親が寛太朗の黒い目を見ながらそう呟いていたから間違いない。 小学校に入学してから施設に来るまで、寛太朗にはほとんど友達がいなかった。 母親が外で友達と遊ぶことをひどく嫌がっていたし、家に呼ぶのはもっと嫌がったからだ。 母親はいつも神経を尖らせていてあまり近づきたくなかったから適度な距離を置いて接するようにしていた。嫌がるのをわかっていて友達を呼ぶのは煩わしいので、学校が終わると真っすぐ家に走って帰り、家で一人で本を読んだり地図を眺めたりして過ごす。 幸い、家には山のように本や図鑑や分厚い辞書があったし、パズルやら知育玩具の類もたくさんあって暇を持て余すことはなかった。 寛太朗は片っ端から本を読み、夢中になって地図を眺め、何度も玩具で自分と対戦した。 それがその頃の寛太朗の世界の全てだった。 「みー、ほとんど間違ってんじゃん。」 答え合わせを終えて寛太朗は美己男にドリルを返した。 「早く残りやれ。」 もうヤダ、と美己男が口を尖らせる。 その時コンコンと小さくノックの音がして玄関のドアが細く開くと 「みーちゃん。」 と知愛子が隙間から顔を出した。 「ちゃーちゃんっ!」 美己男がピョンと立ち上がる。 「みーちゃん、ちゃーちゃんとアイス食べに行こうか。」 勝手に部屋に上がって来て美己男をギュウギュウと抱きしめると頬にキスし始める。 美己男も知愛子の首に抱き着いて嬉しそうだ。 「コンビニ行こ?」 コンビニに行くにしては綺麗に化粧もしていて、派手な服を着ている知愛子が美己男に言った。 「行くー。」 美己男はドリルもランドセルもほったらかして知愛子にまとわりつく。 「ねー、寛ちゃんも一緒に行こー。」 と美己男が振り向いた時、知愛子の顔が嫌そうに歪むのを寛太朗は見逃さなかった。 「あー、俺はいいや。」 読みかけの本をまた手に取って読み始める。 「じゃあ、行ってくる。バイバイ。」 美己男は手を振って知愛子と一緒に出て行った。 パタリと扉が閉まる。 「バイバイ。」 寛太朗は本を見たまま言った。 30分程して美己男は知愛子がいなくなったと言って、手にアイスが入ったコンビニ袋を握りしめ泣きながら寛太朗の所に戻ってきた。 「アイスは買ってもらってんのかよ。」 寛太朗は美己男の手からコンビニ袋を奪った。 お、これ、すげー高いやつだ 蓋を開けてみるとアイスは中身が溶けてドロドロだ。溶けたアイスを冷凍庫にしまう。 「みーはほんとに頭悪いな。」 エグッ、エグッ、と喉からおかしな音を出しながら美己男は泣きじゃくった。 「あんな服着てコンビニ行くだけとか、ないだろ。男に会いに行くのに使われたのに決まってんじゃん。」 「だってぇ、だってぇ。」 エッ、エッ、としゃくりあげる。 「お前、バカみたいについて行くからだろ。」 「なんで、かんちゃ、ヒグッ、なにも言ってくえなかっ、ヒグッ。」 「おばさんの前でそんなん言えるかよ。」 とせせら笑う。 どうせ知愛子は夜遅くに帰ってくるのだろう。 「今日の晩飯、コロッケ食いたくね?」 寛太朗は美己男の顔を覗き込んだ。 んっ、んっ、としゃっくりを必死に堪えながら美己男が頷く。 「じゃあ、母さんにお金もらって市場に買いに行こうぜ。」 うん、と泣きながら美己男がえくぼを作ったのを見て、 「んじゃ、早く行こう。」 と、まだ少しヒクヒクと肩を揺らしている美己男を連れて1階まで降りる。 事務室の外に美己男を待たせて部屋に入ると寛太朗の母親と職員が働いているのが見えた。 「お母さん、今日の晩御飯コロッケが食べたいってみーが言ってる。」 「いいけど。みー君のお母さんはどうしたの?」 「さっきコンビニに二人で行ったけど、みーを置いてったみたい。男の人と行っちゃったんだって。」 多少の想像を交えて話す。盛るってやつだ。 「ええ!?それで、みー君は?」 「泣きながら一人で帰ってきた。今、そこにいる。」 職員と寛太朗の母親が慌てて事務室のドアを開けると、涙と鼻水で顔をテラテラさせた美己男が立っていた。 「ああ、そう。じゃあ、今日は家で一緒に晩御飯食べようか。コロッケ、二人で買いに行ってきてくれる?」 寛太朗は頷いた。 「じゃあ、これでね。」 1000円札を受け取ると 「チューチューアイス食べていい?一本買って半分こする。みーのお母さんが買ってきたアイス、ドロドロに溶けてて食べられなかったから。みーがアイス食べたいってー。」 と他の職員にも聞こえるように大きめの声で母親に尋ねた。 「いいよ、一本を半分こだよ。ご飯前だからね。」 「よっしゃ。みー、行こ。」 寛太朗は美己男を連れて勢い良く施設を飛び出した。 近所にある小さな市場までは施設から子供の足で歩いて10分程だ。外はまだ日が高くて空気は温かい。 寛太朗は坂を駆け下りた。 あはは、と美己男が口を開けて笑いながら追いかけてくる。 目の前の踏切が鳴り出し、寛太朗はそのまま踏切を突っ切ろうとした。 「あー、寛ちゃーん。待ってぇ。」 美己男の声に寛太朗はつんのめりながら足を止める。 電車が通り過ぎるのを待つ間に美己男が追いついてきて腰にしがみつきシャツの裾を汗ばんだ小さな手で握った。 寛太朗はその手をグイと掴むとまだ上がり始めたばかりの遮断機の下をかがんで走り抜け、そのまま市場の手前にあるいつもの肉屋まで一緒に駆けた。 「ジャガイモコロッケを3個下さい。」 「いらっしゃい、寛ちゃん。新しく来た子?」 肉屋の奥さんが美己男を見て尋ねる。 「はい、美己男君。さっきお母さんに置いてかれちゃったから今日は一緒に晩御飯食べるんです。」 美己男が涙の筋をつけたまま 「こんにちはー。」 とえくぼをへこませ肉屋の奥さんに笑顔を向けた。 奥さんはその顔をちょっと見ると 「こんにちは。お使い偉いね。はい、これ。おまけ。」 と一つのメンチカツを半分に切ってそれぞれに持たせてくれた。 「ありがとうございます。」 「わぁ、ありがとー、おばちゃん。」 二人してまだホカホカのメンチカツをすぐさま頬張る。肉と玉ねぎの味がジュワ、と口の中に広がって唾がわき、寛太朗はゴクッと喉を鳴らして肉の塊と唾を飲み込んだ。 美己男も興奮気味にメンチに齧りつく。 「みーの顔でメンチもらえたな。やっぱコロッケよりメンチのほうがうまい。」 「うん、うまいっ。」 食べながら少し暗い市場の中に入って一番先にある駄菓子屋へ向かう。 「なにあじー?」 寛太朗は残りを口に押し込み走り出した。 「待って、寛ちゃん。」 美己男がまだ食べながらモタモタと追いかけてくる。 「んー、わかんない。」 アイスの入ったケースに頭を突っ込んでいる寛太朗に追いついて美己男がシャツを掴みながら頭を寄せ一緒に覗く。 「んじゃあ、ぶどう味な。」 寛太朗は紫色の一本を選んだ。 「おばあちゃんっ、これね。一本しか買えないから半分こする。」 寛太朗が小銭を渡す。 「そうか、ほんならこれ、一個ずつ取り。」 駄菓子屋のおばあさんが大玉のガムボールの入った箱を二人の目の前に出してくれる。 「やった、俺、赤っ。」 さっさと寛太朗は赤いガムボールを手に取ってズボンのポケットにねじこんだ。 「ありがと、おばあちゃん。」 「あー、僕は、うーん。」 美己男はウロウロと手を色とりどりのガムボールの上でさまよわせる。 「みー、早くしろよ。アイスまた溶けんぞ。」 寛太朗はもう市場の外の眩しい光の中に飛び出して美己男を振り返った。 「待ってっ。んんっ。僕もあかっ。」 赤いガムボールをひっつかむ。 「おばあちゃん、ありがとー。」 慌てて美己男も市場を飛び出す。 「気ぃつけぇよー。」 おばあちゃんの声に美己男が手を振り市場の目の前にある小さな公園のベンチに座っている寛太朗の横に座った。 5月の公園は木々の緑がキラキラとしていて爽やかな風が吹いている。 日に照らされたベンチに座るとじんわりとお尻が温かい。 「ガム、今食うなよ。」 「うん。」 美己男もポケットにガムボールを大事そうにしまう。 寛太朗は握っていたアイスを真ん中のくびれたところでポキンと二つ折にするように折った。 「ん。」 片方を美己男に差し出す。 「ありがとー。」 美己男が紫色のアイスを手に取り 「つめたっ。」 と恐る恐る舐める。 寛太朗はシャクシャクと透明なポリエチレンのチューブを噛み、チュウチュウと中身を吸った。 「おいし。初めて食べた、これ。」 寛太朗は驚いた。 「マジでっ?お前、いつも何食ってんの?」 ガジガジと寛太朗はチューブを齧りながら聞いた。 「え?コンビニのアイス。これ、コンビニで見たことないもん。」 美己男は初めてのアイスを夢中で吸っている。 「ふーん。コンビニのより安いからな、これ。」 寛太朗はアイスをあっという間に食べ尽くしてしまい、中身の無くなったポリエチレンを未練たらしくチュウチュウと吸っていたが、ついに諦めてガムボールをポケットから取り出した。 「そろそろ帰ろうぜ。帰ったらお前、ドリルの続きな。」 そう言いながらポイとポリエチレンをゴミ箱に放り、ガムボールの袋を破ると口に入れる。 美己男もようやくアイスを食べ終え、ガムボールを惜しむように眺めてから口に入れた。顎の小さな美己男が大きなボールを口に含むとプックリとハムスターのように頬が膨む。その顔を見て寛太朗は腹を捩らせて笑った。 「みー、すごい顔になってんぞ。」 クニャクニャとガムをかみ砕く寛太朗の真似をして噛もうとするが、ガムが大きすぎて右から左にツルリと移動してしまい、ムフ、ムフと鼻息だけが音を立てる。 「何やってんの。手伝ってやるよ。」 寛太朗は意地悪く笑って美己男の頬を両手で挟んでギュウッと押した。 「んんん、寛ひゃん、いひゃい。」 美己男も笑い出す。 「もっかい、もっかい。」 寛太朗は後頭部を片手で持ち、もう一度、頬の上からギュウウッと力いっぱい押さえた。 「んー、いひゃいい。」 「もうちょい、がんばれ。」 その瞬間、グニュとガムが美己男の口の中で潰れる感触がした。 「潰れたっ。」 美己男の口からピュルッ、と涎が飛び出す。 「わぁっ、きったね、みー。」 ぎゃははは、と二人でベンチに倒れ込んで大笑いした。腹の中から笑いが込み上げてきて止まらない。 しばらく大笑いして、アハッ、アハッと肩で息をしながらようやく二人は立ち上がった。 モゴモゴと潰れたガムを噛んでグイ、と腕で口を拭う美己男の顔は涙の筋がすっかり消え鼻の頭に汗が浮かんでいる。 「はぁ、遅くなったら母さんに怒られる。早く家、帰ろうぜ。」 まだ笑いを含んだ寛太朗の声に 「うん。」 と美己男がえくぼを作って頷いた。 * * * * * 夏休みが過ぎ、美己男と知愛子が施設に来て半年くらいした頃、知愛子が帰って来なくなった。 どうやら新しい男と一緒にどこか旅行へ行ってしまったらしい。 学校から帰って来て知愛子がいなくなったことを知り、美己男は荒れに荒れた。リビングの椅子をなぎ倒し暴れて床を転げ回る。 夜になっても大声を上げ続け、全身で抵抗する美己男を誰も宥めることができずにいた。 どうにかしろよ、という視線を皆が寛太朗に送ってくる。 その視線にうんざりとして、寛太朗は寝転がって大声を上げている美己男に近づいて熱くなった小さな体に馬乗りになった。 上から口を塞いでのしかかる。 「みー、いい加減にしないとみんなに嫌われるよ。」 顔を近づけ大人たちに聞かれないように耳元でそう言うと寛太郎は黒々とした瞳を光らせ美己男を見下ろした。美己男が涙でいっぱいの目を見開く。 「今日は俺が寝ないで一緒にお前の母さん帰ってくるの待っててやるから。だからもう黙れ。できるか?」 美己男がうー、と小さい声でまた泣き出しながらコクコクと頷いた。 「よし、じゃあ、もう大声出すな。疲れるだけだろ。バカかよ。」 寛太朗は立ち上がり、美己男の手を引っ張った。 泣いている美己男と手をつないで寛太朗の母親の前で 「今日は僕のベッドで一緒に寝てもいい?みー君一人で可哀そうだから。」 と上目遣いにお願いする。 「もちろん、いいよ。」 母親が頷いた。 それを見ていた職員が 「寛太朗君は偉いね。」 と頭を撫でてくる。 寛太朗はすかさず前髪をサラリと指先で払い 「何か食べる物もらっていいですか。みー君、ご飯食べてないし、あとでお腹減るかもしれない。」 そう言った。 「あ、ああ、そうよね。」 職員が慌てておにぎりやスナック、夜には飲ませてくれない美己男のお気に入りのイチゴ牛乳まで手渡してくれる。 「寛、ちゃんと美己男君に何か食べさせたげてね。後で様子、見に行くから。」 「はーい。」 自分の親ながら本当にチョロいな、と思いながら美己男を連れて行き、部屋に戻って早速スナックを次々と開けた。 「すごいね、寛ちゃん。いっぱいお菓子もらって。」 さっきまで泣いていた美己男も嬉し気に小鼻を膨らませておにぎりを頬張り始める。 「あんなの簡単だろ。ちょっと悲しい顔すればいいだけじゃん。みーは顔が良いんだから絶対うまくいくのに何でそんな無駄なことすんの?暴れて泣いても疲れるだけじゃね?結局みんなにまた怒られるだけなのに。」 「んー、でも我慢できない。体が熱くなって頭の中、ぐちゃぐちゃになっちゃうんだもん。 」 今はすっかりご機嫌でイチゴ牛乳をチュウチュウ吸っている。 「ふーん、ほんと頭悪いな、みーは。」 寛太朗は見下した目で美己男を見ながら、たらふくスナックを食べた。 「みー、俺腹いっぱい。もう寝る。」 食べ残したスナックを引き出しに隠し、寛太朗はさっさと2段ベッドの上にある自分の布団に潜り込んだ。 「待ってよぅ、寛ちゃん、寝ないでちゃーちゃん一緒に待ってくれるよね?」 美己男も階段をよじ登り隣に潜り込んでくる。 「うん、布団の中で待っとこうぜ。絶対寝ないから。」 寛太朗はいい加減に返事をした。 「電気消してきて。」 「ヤダ、怖い。」 「一緒にいるんだから怖いもなんもあるかよ、バカ。早く消してこい。」 嫌がる美己男を布団から押し出す。 美己男は壁の電気を消し、暗闇の中をトタトタと慌てた様子で走って戻るとまた隣に小さい体を滑り込ませた。 「寛ちゃん、頭、撫でて。」 「え?何、みー、寝る時、いつも頭撫でてもらってんの?」 笑いながら美己男に訊いた。 「うん。」 嬉しそうに寛太朗にひっついてくる。 「寛ちゃんはいっつも一人で寝てる?」 「うん。」 「暗くして?」 「うん。」 「怖くない?」 「もう、うるさい。」 質問し続ける美己男の頭を押さえつけ細くて柔らかい髪を撫でた。頭のてっぺんからムワッと湿った温かい空気が漂ってきてほんのりイチゴ牛乳の匂いがする。 一緒に待っていて、とあれほど頼んだわりには頭を撫でると美己男はすぐに寝息をたて始め、二人はその夜、体をひっつけ合って一緒に眠った。 それ以来、美己男は知愛子がいない日や締め出された日には 「寛ちゃん、入れて。」 と部屋に来て寛太朗のベッドで寝るようになった。 「ん。」 寛太朗は端っこに寄ってスペースを空けてやる。美己男は隣に潜り込むと 「寛ちゃん、頭、撫でて。」 と、いつもトロリとした声でそうねだった。
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