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Firecrackers 小学5年 | 合瀬 由乃の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
Firecrackers
小学5年
作者:
合瀬 由乃
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2 / 22
小学5年
寛太朗
(
かんたろう
)
と
美己男
(
みきお
)
は施設に入所したまま5年生になった。 艶々の黒髪と濡れたような黒い
眸
(
め
)
に長い睫毛が寛太朗の賢さを際立たせ、教師からは一目置かれているが、同学年からは少し近寄りがい雰囲気を纏っているように見える。 一方、美己男はキレやすく、暴れ出したら誰も止められない問題児として学年でも有名になっていた。 美己男が暴れると誰からともなく 「
藍田
(
あいだ
)
を呼べ」 となり、違うクラスではあったが寛太朗は美己男の世話を焼く役目を引き受け続けていた。 寛太朗は頭が良いぶん、少し加虐的なところがあって人の弱い所を見つけて突くのが好きだ。美己男は弱い所だらけでいつでもすぐにムキになって泣き出す。 この頃の寛太朗は美己男を泣かせるのが楽しくてしょうがなく、泣かせるついでに美己男を使って授業を潰す方法を考えついた時があった。 美己男は暗い所が嫌いだ。 寛太朗は面白くない授業の前になると美己男を呼び出し、裏庭の掃除道具入れや体育準備室に閉じ込めた。 「みー、しばらくしたら迎えにきてやるから、ここで待ってろ。先生が来ても俺が閉じ込めたって言うなよ」 「やだっ、暗いとこ1人なの、やだっ」 すでに泣きそうな美己男に 「すぐ来る。俺が来るから大丈夫」 そう言って無理矢理押し込むと、寛太朗は急いで教室に戻り何食わぬ顔で待った。 思った通り、チャイムが鳴るとすぐに美己男がいないことに気が付いた隣のクラスがザワザワし始め授業どころではなくなり、寛太朗は自分の名前が呼ばれると大急ぎで美己男を迎えに行く、ということを何度か試みてみたりしていた。 そんなことをされても美己男はいつでも寛太朗の後ろを追いかけてきては話しかけ、夕食を食べに来ると寛太朗のベッドに潜り込んで眠った。 その日は校外学習で電車に乗って3つ先の自然公園の中にある国立博物館に行く、という学校行事だった。 寛太朗はこの校外学習という行事が大嫌いだ。 わざわざ皆で博物館に行き、わざわざ皆で外で弁当を食べる、という行為に学習の意味を見い出すことができない。さらに道を歩くときには隣の女の子と手を繋いで歩かなくてはいけないと言う謎のルールがあり、その度に誰々さんとは繋ぎたくないだとか、誰々さんの手はベショベショしていて気持ちが悪いだとか、どうでもいいことをさも大問題のように訴える奴がいてなかなか進まない。 寛太朗の隣の女の子もわざわざ嫌そうな素振りをしてみせるのがウザくてたまらず こっちこそお前なんかお断りなんだよブス そう心の中で毒づきながら 「指先だけで繋ごっか?」 と長い睫毛を伏せながら尋ねると、相手は思った通り恥ずかしそうに頷いた。後は無言で時間が過ぎるのを待つしかない。 何か面白いこと、起こらないかな 自然公園に到着する前にすでに寛太朗は飽き飽きとしてそう思った。 駅を降りると2メートル程の壁の下に川というには水がほとんど流れておらず、淀んだ緑色の水が溜まっているドブ川があり、その川沿いを2列になって手を繋いで歩く。子供の目には結構な高さの壁の上をザワザワとざわめきながら蟻のように歩き続けた。 3組の委員長の寛太朗はクラスの先頭を歩いていた。 3組の先頭から2組にいる美己男の茶色い頭が時々、チラチラと見える。 最近は後ろ髪を伸ばすのはやめて全体的に伸ばした髪を黄色っぽい茶髪に染めていて目立つことこの上ない。列の真ん中あたりで時々、日の光に照らされてキラキラと髪が黄色く輝き、まだ声変わりのしていない甲高い美己男の声が何を話しているかまではわからないが寛太朗の所まで時折、届いていた。 隣の子、嫌がってるんだろうな この歳の女の子は男の子に比べると格段に大人びていて、そのぶん容赦がない。美己男のような甘ったれて粗暴な男の子はいくら顔が良くても毛嫌いされていて、まるで毛虫をみるような目つきで見られている。 寛太朗は暇つぶしに美己男の姿を後ろからずっと探しながら歩いたが、しばらくすると女の子の怒った声が聞こえてきた。 「ちょっとぐらい黙れないの。さっきからずっとつまんない話して」 段々声が激高してきて周りがざわつき始める。美己男と手を繋いでいる女の子の堪忍袋がついに切れたらしい。 「あんたのお母さんの話なんて、もう聞きたくないってばっ」 と言う声が聞こえて寛太朗はワクワクした。 みーがキレるぞ そう思った瞬間、女の子がドブ川に向かって跳び、ベシャッと川底に落ちた。 一瞬、時間が止まったかのようにシンとなり、寛太朗も予想外の事態にポカンとした。 静寂を破ってうえーん、と女の子が泣き出すと、その後、キャーッと悲鳴が上がり、列が騒然となる。 キレた美己男が女の子を2メートル下の川底に突き飛ばした後、暴れ出したのだ。まるで蟻の行列に水滴を垂らしたみたいに一斉に生徒たちが散り散りになった。 「お前らっ、静かにしろっ!」 教諭たちが突然の出来事に慌てている。 若い男性教諭が壁を降りて突き落とされた女の子の救出に向かっているのが見えて寛太朗はいつの間にか笑っていた。 隣の女の子が繋いでいた手を強く握って後ろに逃げようとグイグイ引っ張ってくるのを振りほどいて美己男のほうに走り出した。 「みー!!」 美己男にぶつかるようにして後ろから体を抱きかかえ、勢いあまって2人で前のめりに地面に突っ伏した。 その拍子に美己男の頭に鼻をしたたかにぶつけ鼻の奥から熱いものが流れてきたが、構わず美己男を素早く仰向けにして馬乗りになる。 寛太朗は体中がゾクゾクと震え、笑いが腹の底から込み上げてきて止まらなくなった。 押さえつけるふりをして美己男の肩に顔を伏せる。 嘘だろ、こいつっ 「おいっ、藍田っ、大丈夫かっ」 教諭が駆け寄って来て寛太朗は笑いを押し殺し立ち上がった。 鼻からダラダラと血が出ているのを見て、美己男が恐怖で目をいっぱいに開く。 「寛ちゃん、ごめんなさい」 うー、と泣き出した美己男のシャツにボタボタと鼻血が落ちた。教諭が引きずるようにして美己男を立たせると、地面にぶつけたのか膝から血が出ている。 「せんせっ、美己男君も膝から血がっ」 寛太朗が鼻血を拭きながら訴えているところへ先ほど女の子を救出するために川底に降りて行った若い教諭が鼻息荒くやってきた。 「ミキオッ、お前は何したかわかってるのかっ」 真っ赤な顔をして怒鳴り 「女の子を突き飛ばすなんて何考えてるっ!なんでお前はそういつも暴力を振るうんだっ。謝れっ!」 と小さな美己男の体を持ち上げんばかりに胸倉を掴んだ。 自分も大して変わんねーだろ 寛太朗は普段からこの教諭を軽蔑していた。 人一倍熱心に生徒と向き合っている、といった風だが中身は精神年齢が子供と近いというだけの子供っぽい教師だ。全員の下の名前を覚えて呼ぶことを自慢にしていて気持ちが悪い。 「美己男のせいじゃありません」 寛太朗は目を伏せた。 「僕も美己男もお父さんがいないから、悪い子になっちゃったんだ。だから先生、美己男ばっかりを怒らないで下さい」 そう言って伏せていた睫毛を上げ黒い眸で教諭を見つめた。うまい具合に打った鼻がジンジンと痛み、目が潤む。 「寛太朗・・」 それは面白い程にこの熱血教師に効いた。 近づいてきて、頭をギュウギュウと抱きしめる。 「そんなことない、2人は悪い子なんかじゃないっ。悪かった、先生、そんなつもりで言ったんじゃないんだ」 教諭の声が湿る。 暑っ苦しいんだよ、熱血 いい加減鬱陶しくなって寛太朗は教諭をグッと手で押して体を引き離した。 「ゴメンナサイ、先生に鼻血ついちゃった」 謝るふりをして教諭の手から逃れる。 「大丈夫っ、子供はそんなこと気にするなっ」 教諭がVサインを送って寄こすのを寛太朗は冷ややかな目で見た。 クソな大人ほどチョロい その後、鼻血の止まらない寛太朗と膝から血を流している美己男は年配の教諭と共に3人で電車に揺られて学校へと戻った。 「寛ちゃん、ごめんなさい」 美己男はすっかり肩を落としているが、寛太朗は予想をはるかに超えたアクシデントに上機嫌で 「いいよ、別に」 と鼻声で答えた。 「でも、僕のせいで博物館行けなかった」 「みーは行きたかったのか?博物館」 「う・・ん、あのね、博物館に本物のクジラの骨があるって、ちゃーちゃんが言ってた」 嬉しそうに言う。 「ふーん」 寛太朗にはクジラの骨より、女の子が宙を飛んだことのほうが何百倍も面白かったから全く未練はない。 「大人になってから自分たちで行けばいいんじゃね?」 「そっか。そしたら寛ちゃん一緒に行こうね」 「んー、わかった」 寛太朗は何度もこの大事件を脳内に再生しながら適当に返事をした。 学校に戻って保健室で手当てを受け 「しばらく静かに寝ていてね」 と寛太朗はベッドに寝かされ、ベッド脇の丸椅子に美己男が小さくなって座る。 「みー、すごいな、お前」 「ええ?すごいって?」 美己男が驚いて顔を上げる。 寛太朗は突き飛ばされた女の子の顔を思い出して笑い始めた。 「あいつの顔、見た?一瞬ぽかんとしてさ、そのあと、ふぇー、って泣き出して。あいつ、去年同じクラスだったんだけどさ、いっつもえらっそうにしてるだろ。自分が全部正しいみたいな顔して、前からすげー嫌いだったんだよな。あの頬っぺたのでかいほくろ、きもちわりーよな」 小声で興奮気味に話す寛太朗の顔を美己男はポカンとして見ている。 「思いっきし飛んでたぞ、あの女。ビューン、ボッチャ、ってさ、あのきったないドブ川に落ちてさ。んで、あのでかいほくろがヒクヒクってなって、ふえーん、って泣き出したんだぜ」 寛太朗の言葉に美己男も吹き出した。 「ビューン、ボチャ、でヒクヒク」 と繰り返して2人でゲラゲラと笑い転げる。 「も、やめてぇ、寛ちゃん。お腹痛い」 美己男が身を捩る。 「ビューン、ボチャ、ヒクヒクでうえーん」 寛太朗はさらに付け足し、また2人で苦しくなるほどに笑っていると、ついに養護教諭がカ ーテンを開けた。 「こーら、2人とも、遊びの時間じゃないんだからね」 そう言って寛太朗の鼻に詰めたガーゼをシュポッと取った。 「うん、でも、もう血も止まったし、それだけ元気なら大丈夫そうね」 お母さんに電話して迎えにきてもらおうか?という教諭の問いに、寛太朗が、僕たちのお母さん、迎えに来るのは無理だから・・、とうつむいて言うと、じゃあ気を付けて帰ってね、とあっさり解放された。 「な、みー、せっかくだしさ、横尾川行って、弁当食べようぜ」 先に歩いていた寛太朗は振り返って美己男に言った。 「え?でも。寄り道せずに、帰りなさいって」 オロオロと美己男が返事をする。 「別にいいじゃん、バレないって。行くぞ。弁当もったいねーだろ」 寛太朗はそう言って施設とは逆の校区外の横尾川に向かって歩き出した。 「寛ちゃん、待ってぇ」 美己男が慌ててついてくる。それを見て寛太朗は走り出した。 「待って、寛ちゃん。待ってっ」 美己男が泣き顔で走ってくる。寛太朗は足を緩めた。ハァハァと美己男が追いついてきそうになると、また走り出す。 「待ってよぅ。寛ちゃんっ」 美己男が泣きながらも追いかけてくるのが面白くてたまらない。しまいに美己男はヨロヨロと歩いているのか走っているのかわからないぐらいの速度でしか追ってこられなくなった。 「みー、もうちょいだぞー。頑張れー」 寛太朗は先に河原に着いて美己男を呼んだ。 一級河川で川岸も綺麗に整備されている横尾川は土・日は家族連れや、スポーツをしにくる人で賑わう。平日の昼間の今日は散歩しているお年寄りや、犬を連れている中年女性しかおらず、広々として静かだ。 2人は川に近づくと靴を脱いで足を水に浸し、キラキラと水面が眩しく太陽の光に照らされるのを眺めながら寛太朗の母親が作ってくれた弁当を広げた。 「寛ちゃんのお母さんのお弁当、おいしいね。僕の分も作ってくれて嬉しいな」 モゴモゴと美己男が海苔を巻いたおにぎりを頬張る。 「そうか?普通だろ」 おにぎりに卵焼き、ウインナー、ホウレンソウの胡麻和えなどが入っているいたって普通の弁当だ。 もし、あのままみんなと一緒に公園で弁当を開ければ、もっと色とりどりの凝った弁当が見られたことだろう。女の子たちの弁当包みには母親たちからの手紙が入っていたりして、キャアキャアと見せ合いっこがはじまっているはずだ。 寛太朗はあの時間が苦手だ。 「まぁ、みーんとこの母さんに比べればマシかもな」 美己男の母親はほとんど料理をしないのか、寛太朗の部屋に来て一緒に夕食を食べるのが今では当たり前になっている。 「母さんがいる時は何食ってんの?」 「おにぎりとかハンバーガーとか」 「それ、コンビニのだろ」 「うん」 「母さん、何にも作らないの?」 「そんなことないよ、時々、ホットサンド作ってくれるもん」 「なに?ホットサンドって」 「えー、寛ちゃん知らないの?パンにハムとチーズ挟んでギュってなったやつ。おいしいんだよ」 「それ、サンドイッチじゃん」 「違うよー。熱くって、チーズが溶けてトロッてしておいしいんだ」 美己男が嬉しそうに言う。どんなに邪険に扱われても美己男は母親のことが大好きだ。 つい先日も 「お前の顔なんて見たくないんだよっ。早く出てけっ。今すぐ消えろっ!」 知愛子はそう言って泣き叫ぶ美己男を部屋から追い出して鍵を閉めてしまい、美己男はドアに縋ってちゃーちゃん、ちゃーちゃん、と声を枯らして母親を何時間も呼んでいた。 次の日になると知愛子は私のかわいい、みーちゃんと美己男を抱き締め顔中にキスしていて、またかよ、と思いながら寛太朗は冷めた目でその光景を眺めた。 寛太朗はそんな風に母親から愛情表現を示してもらったことがないので、全く理解ができない。 「みーは父さんには会ったことないの?」 美己男に訊く。 「うーん、わかんない」 美己男も自分の父親の記憶が曖昧になっているらしい。 「ふーん」 「寛ちゃんは?」 「あー、俺もよく覚えてない。それっぽい記憶はあるけど、本当かどうか怪しいな」 「ふーん、寛ちゃんの胸についてるの、タバコの痕でしょ?」 美己男が寛太朗を見た。 「あー、多分。父さんがつけたっぽい」 「見せて」 胸のボタンを開けると美己男がそろそろと手を伸ばし火傷の痕を触った。 「いたっ!」 寛太朗の叫び声に美己男がビクッと手を引っ込めて 「ごめんなさいっ!」 と叫ぶ。半ベソをかきながら 「痛かった?」 と訊いた。 「嘘だよ。平気」 寛太朗はその顔を見て声を出して笑った。 「もー、寛ちゃん!」 美己男が半ベソのまま怒る。 「ねぇ、寛ちゃん。お父さんがいないから、僕たち悪い子なの?」 寛太朗はシャツのボタンを留めながら美己男の顔を覗き込んだ。さっき寛太朗が言ったことを気にしているらしい。 「違うよ。あれは熱血がキモいから言ってやっただけ」 「そっか。寛ちゃんは悪い子じゃないもんね。いっつも怒られんの僕だけだもん」 「みーも別に悪くねーって。それに、どうせみーになんかあったら俺も呼ばれんだからいいんじゃね、別に。一緒なら平気だろ」 美己男はうん、と頷いて、寛ちゃん大好き、と口を開けて笑った。奥歯が1本、抜けそうになっている。 「みー、歯が抜けそう」 寛太朗が口を覗き込むと、美己男が慌てて口を閉じる。 「見せてみ」 「ヤダ」 そう言って口を押さえるのを 「見せろって」 と無理矢理、美己男の手を口から引き剝がし口をこじ開ける。 「やめへぇ、寛ひゃんっ」 寛太朗が口の中に指を突っ込むと、美己男がのけ反り2人で笑いながら地面に転がった。 美己男の生温かい舌の感触が指にまとわりつき、寛太朗の体中の血が甘く痺れてゾワリとする。えくぼをへこませた美己男に、チュウと指を吸われ 「うあ」 と寛太朗はおかしな声を上げると、唾液で濡れた指を引き抜いた。 ポタリと一滴、血が垂れる。 「寛ちゃんっ、またっ、鼻血っ」 美己男がまたすぐに泣きべそをかき始めてしまう。 「あー、騒ぐな。平気だから」 寛太朗は起き上がると拳でグイと鼻血を拭いた。 「もう帰ろう、寛ちゃん」 「ん、そうだな」 濡れた足は熱いコンクリートの上を歩くとすぐに乾く。2人は靴を履き、弁当箱をリュックにしまって立ち上がった。 「ここに来た事、母さんたちには言うなよ」 うん、と美己男は嬉しそうに頷く。 「それと、俺がほくろの女子の悪口言ったことも内緒な」 寛太朗がそう言うと、あはは、分かったー、と美己男が笑った。
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合瀬 由乃
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