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高校3年 春
3年生になってから普通科と工業科の間にある作業棟に入って行く美己男 の姿を頻繁に見かけるようになった。
大型の機械を使って作業をするようになって作業棟に行く機会が増えたらしい。
美己男は作業用のつなぎも赤なので歩いているとすぐに目につく。
「あの赤髪 、最近よく見るな。寛 、また餌付けしてんのか?」
食堂から普通科棟に戻る時に美己男と工業科の生徒を見かけて理貴 が眉を顰めた。
「違うよ。目立つからそう思うだけだろ」
ドキリとして寛太朗 はそう答えた。学校では寛太朗と美己男はお互い知らぬ顔をする。
然 には学校外では仲が良いことを知られてしまったが理貴は工業科の生徒を心底、軽蔑しているような態度なのでなんとなく隠したような感じになったままだ。
「なんでそんなに気にすんだよ」
寛太朗は不思議に思って訊いた。
「別にぃ。赤い髪に赤いつなぎってうぜえから」
「なんだ、それ」
「言ったろ、俺だけ知らないことあんの、嫌なんだよ。隠し事とか友達の間で嫌じゃん?」
寛太朗の喉がヒクリと動き、言葉が張り付いて出てこない。
「理貴は何でも知りたがりすぎなんだよ。あれもこれも欲しがるな」
然が寛太朗の動揺を察して口を挟んだ。
「なんでだよ、いいだろ別に。あのな、欲しいもんは欲しいってはっきり口に出さないと手に入んないもんなの。思ってることだって口に出さなきゃわかんねーだろ?なぁ、寛?」
理貴が寛太朗にじゃれついてくるのを、あっという間に然が腕を絡め取り引き剥がす。
「やめろってー、ゼンッ。寛っ、助けてっ」
今日はその様子を笑う気になれず寛太朗は後ろめたい気持ちで見た。
寛太朗は要領のまだよくわからない新入生で混雑する昼休みの食堂でイチゴ牛乳を買い、作業棟へと向かった。
作業棟の窓から赤い髪が見え、窓に向かってチラリとイチゴ牛乳を見せるとそのまま作業棟の脇を抜け、旧校舎に向かうと3階まで駆け上がり屋上に上がった。
「寛ちゃん」
扉を開けてこちらに向かってくる美己男にイチゴ牛乳を投げる。
「ありがと」
美己男は赤いつなぎのファスナーを開けて上半身を脱ぐと腰で縛って横に座った。長い前髪をゴムでまとめてピョンとたてた顔が火照っている。
「作業してるとあっつい」
チュウとイチゴ牛乳を勢い良く吸い
「あー、うま」
とまだ冷たい牛乳パックを額に当てて小鼻を膨らませた。
「何の実習?」
「テーブルの製作」
「ふーん、そんなん作れるんだ」
「まだ今からだよ」
「へえ。お前、家具作りとかに興味あったんだな」
「うーん、本当は作るより直す方やりたいんだけどね」
「直す方?」
「うん、俺、古い家具の修理とか?そういうのしてみたいと思って。でもまずは作れるようになんないと」
「へえ」
知らなかった
「いつ頃からそんなこと思ってたの?」
「うん?いつだろ、中3?ここの受験決めた頃、ちょっと思ってたかも」
「ふーん」
寛太朗の胸に黒い気持ちが湧きあがってきて、口から零れた。
「それって初恋の人の影響?」
「え?」
美己男が驚いて寛太朗を見る。
「中学ん時の技術の先生。カオルさん?だっけ?」
美己男が寛太朗をポカンとして見る。
「え?馨 さん?うーん、どうだろ。図面書いたり、ものを作ることの楽しさは馨さんに教えてもらったけど。でも・・」
「ふーん」
寛太朗は美己男の返事にひどくイラついた。
「作る楽しさねえ。そいつには他の楽しさ、教えてもらったんじゃなかったっけ?」
と意地悪く笑う。
「なっ、そんな言い方っ!」
美己男が顔を赤くしてムキになる様がさらに気分をザラつかせる。
「へぇ、いいね」
寛太朗はそう言って立ち上がった。
「え?寛ちゃん?」
「邪魔して悪かったな。実習、がんばれよ」
見上げる美己男の頭をクシャクシャと撫でて扉に向かう。
「え?え?ちょっと待ってよぅ、寛ちゃんっ」
美己男の声を無視して扉を開け出て行った。
あいつにそんな夢があったなんて全然知らなかった
いつも泣きべそかきながらついてきていた美己男気が付くといなくなっていたような気分で腹が立つ。
何だよ、他の男の背中なんか追いかけて
しかもクソ教師の影響だとか顔赤くしやがって、ほんと頭悪いな
教室に戻ってイチゴ牛乳にストローを乱暴に差した。
「どうした、何かあったか?」
然が気が付いて声をかけてくる。
「なぁ、然は建築家になるのが夢なんだよな?」
然の父親は建設会社の社長で、現場の作業員から今の会社を興したらしい。然はそんな父親の影響を受けて、将来は建築士の資格を取って父親の会社を手伝いたい、と中学生の頃から言っている。
一級建築士は国家資格でわずか15%ほどの合格率だ。一発合格はかなり難しい。二級建築士を取って、会社で実務経験を積んでから一級取得を目指すのが通常だが然は大学卒業後、すぐに一級に合格することを目指している。
「ああ、まぁ、夢っていうか。そのつもり」
「ふーん、偉いな、然」
寛太朗は呟いた。
「別に偉いってことではないだろ」
「俺、何にも考えずにただ頭良ければ勝てるって思ってた」
何になりたいかなんて考えたこともなく、ただ成績を上げることだけを考えてきた。
「奨学金で国立大の経済学部行って、大きな会社に入ろうって、それだけ考えてて。そしたら勝てるってなんかずっと思ってた」
勝つ?誰に?何に?
「いや、それってすごいことだと思うけど。そうしたいって思っててもできない奴の方が多いよ。寛は中学ん時から頑張って叶えようとしてるの見てきて、凄いなって思ってるけど。それじゃあ、ダメなのか?」
「えー?ダメなんじゃねーの、俺の背中じゃ」
「背中?なんで。誰かに何か言われたか?」
寛太朗は机の上で組んだ腕に顎を乗せた。
「んー?みーが、美己男が家具を修理する人になりたいんだと。そのために工業科に進んだみたい。それも、初恋の人の影響で、だってさ。なんか、な。そんなの俺、全然知らなかった」
「へぇ、美己男君の初恋の人って?」
「あー、中学ん時の技術の先生。ちょっと冷たい感じなのに面倒見が良くて、カッコイイ奴らしいよ。ずっと助けてくれてたんだって。しかも今じゃフランスで働く彫刻家って何それ、意味わかんねぇ」
然が寛太朗をマジマジと見る。
「別にいいけど」
寛太朗の言葉に然が笑った。
「その先生が初恋の人だって美己男君に聞かされたのか?」
「え?いや、聞かされてはない」
「じゃあなんでそう思ったんだよ」
「なんでって、話の流れから?」
「寛は1人で考えて1人で答え出しちゃう傾向あるからな」
「そんなことねえよ」
「いや、ある。だってそれ、寛のことだろ」
「何が?」
「冷たそうに見えて面倒見良くてカッコいいってまんま、寛だと思うんだけど」
「はあ?でも、あいつの最初の彼氏、その先生だぞ」
然が首を傾げる。
「必ずしも最初の彼氏が初恋の人ってわけじゃないだろ。いや、むしろそんな人の方が珍しいんじゃないか?」
「え?そうかな」
寛太朗の頭は混乱した。
美己男は何て言ったんだっけ?
いや、俺は何て言ったっけ?
気が付くと教室がザワザワとしていた。
パラパラと生徒が窓際に寄って行き外を眺めている。
「何か叫び声、聞こえなかったか?」
と誰かが言い、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。
外からもザワザワとした騒ぎが聞こえる。
救急車のサイレンがどんどん近づいてきてついに学校の中に入って来ると、クラス内が騒然となり、皆、窓に寄って行った。
寛太朗も窓に近寄り、工業科の教諭が救急車を誘導し、作業棟の近くまできて止まるのを不安な気持ちで見た。
担架を持った救急隊員が校舎に入って行く。
「寛?大丈夫か?」
然も隣に来て外を見ながら言った。
「ん?ああ、ちょっと、俺、様子見て来る。美己男が作業してるはずだから」
そう言って寛太朗は教室を出た。
「おっと」
教室を出たところで理貴と鉢合わせる。
「寛?どうしたんだよ、慌てて」
「あ、悪ぃ。美己男が」
そう答えて階段を駆け下りた。
「寛っ!」
理貴の呼びかけに答える余裕がない。
まさか、みーじゃないよな
心臓が不安でバクバクする。
クソッ、さっき何であんなことっ
寛太朗は泣きたい気分で外に飛び出した。
走って救急車の側までやってくるが工業科の生徒が群がっていてよく見えない。
後ろから背伸びをして覗くと、校舎から担架に人をのせて救急隊員が出て来た。
赤い髪、赤いつなぎ
「美己男っ!」
寛太朗は思わず叫んだ。
群がっていた生徒が寛太朗の叫び声に驚いて一斉に振り向く。
寛太朗は周りの生徒を突き飛ばし人垣を割って入った。
「美己男っ」
左腕が血まみれの布で巻かれているのが見えた。
「寛ちゃん?」
美己男が首を上げた。
「寛ちゃん・・」
美己男の目がウロウロと寛太朗の姿を探しながら右手を伸ばす。
「みー!」
美己男の手を取ろうとして教諭に肩を掴まれた。
「お前、尾縣 の知り合いか?」
「あ、はい。小学校からの」
震える声で答えた寛太朗に教諭が一瞬驚いたように目を見開く。
「普通科だな。何年何組、名前」
「3年、特進、藍田 寛太朗」
「特進?」
教諭がさらに驚いて寛太朗を見た。
「よし、お前も一緒に乗れ。普通科に連絡しとく。張間 先生、この子も付き添いでお願いします」
と車の中にいた年配の教諭に声をかけた。
「わかりました。藍田君、こちらへ」
背中を押され車内に乗り込むと
「扉閉めます」
と救急隊員がバタンバタンと扉を閉めた。
「寛ちゃん、どこ?寛ちゃん」
美己男の掠れた声が聞こえ、担架の側に座った。
「みー?何?どした?」
美己男の真っ白になった頬に触れ、顔に飛んでいる血を震える手で拭う。
「作業してて怖くてっ」
「車、動きますね」
救急車が鳴らし始めたサイレンに寛太朗の体がビクリとする。
「ちょっと傷、見ますね」
救急隊員が左手の布をほどいていく。布は血でぐっしょりと濡れていて重そうだ。
最後の布をそっと剥がすとぱっくりと皮膚が裂けた腕が現れた。ヌラヌラと血が濡れてムワッと血の匂いが漂ってくる。
寛太朗は一瞬、気が遠くなりそうになってギュッと目を瞑った。腕で口元を押さえる。
「やだぁ、寛ちゃんっ」
その様子を見て美己男がうー、と泣き出した。
「大丈夫ですよ。傷はそんなに深くなさそうですから」
救急隊員がなだめるように言うのを聞いて
「悪ぃ。ちょっと・・びっくりして」
と寛太朗は美己男の前髪を束ねていたゴムをそっと外し頭を撫でた。
「なんだよ、どんくさいな、みー」
「寛ちゃん、授業・・」
「え?あー、大丈夫だろ。さっき、工業科の先生が普通科に連絡しとく、って言ってたし」
「んー、ごめんなさい」
「いいよ。久しぶりに、みーのおかげで授業さぼれた」
美己男が少し笑う。
「あれはいつも寛ちゃんが閉じ込めたんじゃん」
「絶対誰にも言うなよ。久しぶりがこれって、やっぱ、頭悪いな、みー。やりすぎだろ」
寛太朗はそう言って笑い返した。
病院に着いて処置室に美己男が運ばれて行くのを見送り寛太朗は廊下で不安な気持ちで待っていた。切り裂かれた美己男の腕が現れた時の動揺がまだ続いている。
もし、腕が動かなくなってしまったらどうしよう・・
そんなことばかりを考えてしまう。
一緒に救急車に乗って来た付き添いの張間が診察室から出て来たのを見て寛太朗は立ち上がり軽く頭を下げた。
張間が頷いて隣に座る。
「藍田君は尾縣君とずいぶん親しいんですね。工業科の子が普通科の子と仲が良いなんてあんまり聞かないから驚きました」
「ああ、み、尾縣君とは小学校の頃、保護施設で一緒に過ごしたので」
「へぇ、しかも藍田君は特進ですよね?」
「はい。あの、それより、尾縣君は、どんな状態ですか?腕、後遺症が残ったりとか、ないですよね?」
寛太朗は気もそぞろに尋ねた。
「ああ、そうだね。先に説明しなくちゃいけませんね。尾縣君の怪我はあまり深くはないので腱が切れたり、太い血管が切れたり、ということはなさそうです」
「あ・・、そうですか」
寛太朗は、はぁっ、と大きく息を吐いた。
良かった
「ただ、長く皮膚が切れてしまっているのでたくさん縫わなくちゃならないそうです。大きな傷跡が残ってしまうと思います。傷が塞がるのに少し時間がかかる、とも医師が言っていました」
「ああ・・」
寛太朗はまだ少し震えている両手を握り合わせる。
あんなに大きな傷が腕に残ってしまうなんて
傷が深くなかったから良かったようなものの、もし腱が切れていたら、と思うとゾッとする。
「なんであんなひどい怪我したんですか。よくあることなんですか?」
寛太朗は張間に尋ねた。
「よくあることではないんですが、作業に怪我はつきものです。危険な機械を扱いますからね。だから集中力と緊張感が必要なのですけれど、尾縣君は少し注意散漫なところがあります。それに緊張しすぎてしまうんですね。今日は慌ててしまって手順を守れなかったことが原因です」
教諭が丁寧に説明してくれる。
「ああ・・」
寛太朗は両手で顔を覆った。昼間に八つ当たりみたいな態度を取ったことを激しく後悔する。
「大丈夫、少し大きい傷ですが表面の皮膚が切れただけで済みました」
「すみません。ちょっと、驚いてしまって」
「ええ、わかります。あの傷を見たら誰でも怖くなります。藍田君は救急車の中でも、ちゃんと落ち着いて尾縣君を励ましていました。なかなかできることではありません」
喉の奥に熱い塊がせり上がってくる。
「あいつ、小さい時から集中力がなくて。物覚えも悪いし怖がりなのに。それに俺、今日、昼間にちょっと、美己男に嫌な態度を取ってしまって、そのせいで、あいつ・・」
張間が寛太朗の話に頷く。
「そうですか。ですが今日の怪我は藍田君のせいではありませんよ。まだ大型機械を使い始めたばかりで、不慣れだったんです。混乱して慌ててしまったんでしょう。最初はみんなそうです。慣れれば上手く扱えるようになります」
診察室のドアが開いて医師が顔を出した。
「処置が終わりました。ご説明しますので中にどうぞ」
張間が促されて中に入るがすぐに隣の部屋のドアから顔を出した。
「会えるよ。どうぞ」
「失礼します」
「カーテンの中です。私は先生の説明を聞いてきますから尾縣君に付き添っていてもらえますか?」
寛太朗は頷いた。
「みー、入るぞ」
「寛ちゃん・・」
美己男が伸ばしてきた手を今度はしっかりと握る。
「みー、平気か?ひどい顔色だぞ」
ベッドの端に腰かけた。
「んー、10針縫った」
「え、マジで。10針も」
包帯でグルグル巻きにされている左手を見る。
「血だらけでびっくりした。さすがにビビったわ」
「ごめんなさい」
美己男の手がひどく冷たい。
「ありがと、寛ちゃん。来てくれて」
「みーに何かあった時は俺が呼ばれるんだからしょうがないだろ」
うん、と美己男が頷く。
「藍田君?」
張間の呼びかけに
「はい」
とカーテンを開けた。
「あー、張間先生」
美己男が体を起こそうとする。
「あ、まだ寝ていて下さい。今日は大事を取って病院に泊まってもらいます」
という言葉に
「え?」
と美己男も寛太朗も驚いた。
「10針も縫いましたからね、傷が少し大きいので熱が出たりするかもしれませんので、念の為。何もなければ明日の朝、退院できますから心配しないで下さい。腱も太い血管も傷ついていないので、傷が塞がるのを待てば大丈夫だそうですよ。良かったです」
張間が2人を見て微笑む。
「尾縣君のご家族に連絡しました。お母さまがもうすぐ病院に来るそうです。それと、藍田くん、お友達が荷物を持って来てくれてますよ」
寛太朗に向かってそう言った。
「あ、そういえば、俺、全部学校置いて来たわ」
カバンも携帯も財布も何もかも放ってきていた。
「あは、寛ちゃん、ウケる。どうやって帰るつもりだったの」
「ウケてる場合かよ。お前のせいだろが」
「へへ、ごめんてば」
廊下に出ると心配そうな然と不機嫌そうな理貴がカバンを持って立っていた。
「理貴、然。悪ぃ。ありがとな」
「おお、寛。美己男君は?大丈夫か?」
「ああ、10針縫ったけど、それだけで済んだ」
「それだけって・・。結構な怪我じゃないか」
然が気の毒そうに顔をしかめる。
「うん、今日は病院に泊まるって・・」
その時、向こうからカツカツとヒールの音がした。
「あ、知愛子 さん?」
ずいぶんと荒れた雰囲気だが間違いない、知愛子だ。
「あ・・、あれ?え?」
寛太朗の顔を見て誰だか思い出そうとしている。
「お久しぶりです。藍田寛太朗です。昔、保護施設で一緒だった・・」
近寄ると化粧と濃い香水の香り、そして酒の匂いが漂ってきた。
「寛太朗?あー、あー、寛ちゃん?寛ちゃんだ。そうだ、その真っ黒い目、変わんないわね。覚えてるわぁ」
急に大きな声で話し出し、その声で診察室から張間が出て来た。
「あ、尾縣さんでしょうか。私、先ほど、ご連絡した・・」
言い終わらぬうちに知愛子が声高に話し始める。
「美己男は?どこ?何なの?怪我ってどういうこと?」
「あ、あの、尾縣さん?落ち着いて下さい」
「はぁ?人の息子に怪我をさせておいて、落ち着けって何?どう責任とるつもりっ」
すごい剣幕でどなり始めた。
「あの、知愛子さん、ちょっと、静かに」
寛太朗が話しかけるとキッと振り返る。
「あんたは引っ込んでて。なに、あんた、美己男と一緒にいたの?もしかしてあんたまた美己男をいじめてんじゃないでしょうね?」
今度は寛太朗に食ってかかる。
「違います、寛は美己男君に付き添ってきただけです」
然が寛太朗を庇うように間に入る。医師や看護師も出てきて一瞬で廊下が騒然となった。
「母さん、やめて」
美己男が診察室から青白い顔で出てきた。
「美己男」
「みーちゃんっ」
寛太朗と知愛子が同時に駆け寄る。先に寛太朗が伸ばした手をパシッと知愛子が払った。
「うあ・・」
驚いた寛太朗が腕を引く。
「おいっ!あんたっ、何すんだよっ」
理貴が声を荒げ、美己男が知愛子の手首を握って強く引っ張って知愛子がよろけた。
「やめろっ、ちゃーちゃん!寛ちゃん、ごめんね」
そう言うと美己男は知愛子と共に診察室に消えた。
「美己男っ」
追いかけようとする寛太朗の肩を理貴が掴む。
「寛、行くぞ」
然の手がもう片方の肩に触れた。
「今日はもう帰ろう、寛」
「藍田君、ありがとう。今日はもうお友達と帰ってください。あとは私たちに任せて」
そう言う張間に寛太朗はそれ以上、何も言うことができずに頭を下げると病院を出た。一瞬、めまいがして手の平で目を押さえる。
「寛、大丈夫か?」
然に支えられ、頷いた。
「そこのファミレスで飯食ってこうぜ」
スタスタと歩き出す理貴に
「ああ・・」
と、返事をして重い足を引きずるようにして後を追う。
「何か食べられそうか?ちょっと食べたほうがいいぞ」
然に言われて、さすがに肉を食べる気にはなれず和風パスタとドリンクバーを頼むと、冷たい水をゴクゴクと飲んでようやく一息ついた。
「大変だったな、驚いた。まさか怪我したのが美己男君だったなんて」
「悪かったな。わざわざ荷物来てもらって」
寛太朗は疲れ果てた声で言った。
「ほんとだよ。何で赤髪の付き添いで寛が行くんだよ。バカじゃねーの。しかもあんな大勢の工業科の奴らの前で大声で叫びやがって」
携帯を見ながら理貴が言う。
「ああ、でも、あいつ血だらけだったし。ほっとけなくて」
運ばれたきたパスタをノロノロと口に入れた。
「理貴、美己男君は寛の幼馴染なんだぞ。当たり前だろ、救急車で運ばれれば誰だって驚くって」
「はぁ?そんで最後はあんなババアに絡まれて。何なんだよ、あの女。あれ、赤髪の母親?信じらんねぇ。みーちゃんっ、とか言っちゃって。病院来るのにあんなに香水の匂いさせてあり得ねぇだろ。しかも酔っぱらってたじゃねーか」
「ん・・」
荒れた様子の知愛子に美己男を任せて良かったのかと、ひどく気になる。
理貴がチキングリルをナイフで切るのが目に入り、喉の奥に苦い液が上がって来た。慌ててコーラで飲み込んで、半分ほどしか食べていないパスタの皿を押しやる。
「昔はもっと明るくて楽しそうな人だったんだけどな」
寛太朗は呟いた。
「マジで最悪。あったま悪そうな女。だからシングルマザーとかになっちゃうんじゃ・・」
「理貴」
然が言葉を遮る。
「寛、何か飲み物いるか?」
そう言って然は立ち上がった。
「ああ、サンキュ。じゃあ、コーヒー頼む」
寛太朗はドサリと背もたれに体をもたせかけた。
「疲れた・・」
「最近、散々だな、お前。受験前にお祓いとか行ったほうがいいんじゃねーか?」
寛太朗の顔を見て理貴が笑う。
「理貴はほんとに、もうちょっとものを考えてから口にしろって」
然がコーヒーをテーブルに置きながら呆れた声で言った。
「えー?今、俺、何も悪いこと言ってないじゃん。心からの心配の声だったでしょーが。悪いことが続くからお祓い行ったほうがいいんじゃないかな?って。やさしー、俺」
「どこがだよ。笑ってただろがっ」
2人のいつものやり取りにようやく寛太朗もホッとする。
「理貴のそういうとこ、胡散臭くて笑える」
「胡散臭いって、失礼だなー。これが本当の優しさなんだって、なんで誰も認めてくれないわけ?」
「誰も認めてくれないんだったら、意味なくね?」
寛太朗の言葉にうっと理貴が喉を詰まらせ、然と2人で笑った。
翌日の朝、寛太朗の足は自然に学校ではなく病院へと向かった。
「美己男?」
受付の前の待合室で血に汚れたつなぎを着た美己男がぼんやりと座っているのを見つけて声をかける。
「あれ?寛ちゃん?」
顔色は良くなっているがだるそうな様子だ。
「1人?知愛子さんは?」
美己男の隣に腰かけて訊いた。
「知らない」
美己男が短く答えて肩にもたれてくる。
「135番の番号札をお持ちの方ー」
「あ、俺だ」
美己男が受付に向かうのに寛太朗もついて行った。
「こちらは?」
「兄です」
寛太朗を見て尋ねてきた受付にそう答える。
「ああ、では、こちらの書類が学校に提出する書類です。申請して審査が通れば、給付金がおりますので、必ず学校に提出してくださいね」
はい、と美己男が小さく答えた。
「どうも」
寛太朗は封筒を受け取り自分のカバンに突っ込んだ。
「ありがと、寛ちゃん」
「眠そうだな、みー」
「んー、鎮痛剤飲んでるからかな、だりぃ」
「今日は学校休むんだろ?」
「うん、今日は帰って寝る」
寛太朗は美己男のカバンを手に持った。
「寛ちゃん?」
「じゃ、早く帰ろ」
うん、と頷いて美己男がノロノロと後ろをついてくる。
知愛子の所に今の美己男を帰す気にはなれず寛太朗は自分の家に連れ帰ると、つなぎを脱がせベッドに寝かせた。血の付いたつなぎを洗濯機に放り込んでスタートボタンを押す。
「寛ちゃん、頭撫でて」
部屋に戻ると美己男が眠そうに寛太朗を見上げた。
「ん。もうちょっとそっち寄って」
寛太朗は布団に潜り込んで美己男の頭を子供の頃のように撫でた。
「俺、後で学校行くけどお前は大人しくここで寝てろよ。晩飯、一緒に食うだろ?」
「うん」
「コロッケ?メンチ?」
「メンチ」
「ん、分かった」
「ありがと寛ちゃん。大好き」
すぐに寝息を立て始めた美己男の髪をしばらく撫でてからベッドを抜け出し、学校に向かう。
「おー、寛。珍しいな、お前が遅刻とか」
理貴が投げてきたパンを受け取り
「お、サンキュ」
と早速袋を開けた。
「美己男、病院に迎えに行ってて」
そう話し始めて、ハッとした。
案の定、理貴が眉をひそめる。
「はぁ?なんで寛が?」
ゴクリとパンを飲み込んだ。
「大丈夫だったか?美己男君」
理貴を無視して然が訊く。
「んー、昨日よりはマシだったけどやっぱつらそうだった」
「そっか、しばらくはしんどいかもな。10針だろ。怪我は体力奪うからな。寛もお疲れ様」
と然がエナジーゼリーをカバンから出して差し出してくれた。
「ふーん、幼馴染って普通、そこまでするもんなの?ずいぶん、甲斐甲斐しいじゃん」
理貴がつまらなそうに訊いた。
「どうかな。美己男とは幼馴染っていうより兄弟みたいなもんだし。あ、これ、いくら?金払う」
話題を逸らすように訊いた寛太朗に
「いらねーよ、パン代なんて」
と理貴はプイと他のグループに話しかけに行ってしまう。
「おーい、理貴?」
呼びかけに目もくれない。寛太朗は拒絶するその背中を見てため息をついた。
「ほっとけ、寛。あいつ拗ねてんだよ。寛が自分より美己男君を優先してるって思ってんだ」
「ええ?優先っつったって」
チュルと吸ったエナジーゼリーがヒヤリと喉を滑り落ちていく。
「あんま気にすんな。あいつなんでも独占しないと気が済まないから。みんなの気持ちが自分に向いてて当然って思ってるお子様王子なんだよ」
「お子様王子かぁ」
寛太朗は小さい頃、知愛子に置いて行かれ、泣き叫んでいた美己男の姿を思い出した。
あれは、母親の気持ちが自分に向いていないことが辛かったのかもな、と今は思う。
「それはそれで、苦しいんだろうな」
「そうか?ただのわがままだと思うけど」
然が厳しい顔で寛太朗を見た。
「美己男はさ、小さい頃はキレやすくってすぐ泣いて暴れてたんだよ。なんでそんなことすんのって訊いたら、我慢できない、体が熱くなって頭の中、ぐちゃぐちゃになるって。学校から帰ってきて母親がいなくなった時があって、そん時、1日中、泣き叫んでた。どうにもならないってわかってても、全身で抵抗してたよ。今思うと苦しかったんだろうな」
「美己男君、いくつの時?」
「小4。9歳?10歳か」
「ようちゃんもうすぐ18歳だぞ」
「んー、それはやばいな」
「やばいどころじゃねーって。精神年齢10歳以下だ」
2人で爆笑する。
「何だよっ。お前らっ、今、俺の事笑ってただろっ!」
理貴がまた駆け寄ってきて然の首に腕を回して暴れる。
「そうだよ、ようちゃんはお子様王子だってな」
「え?何?なんだって?」
今度は寛太朗に飛び掛かろうとして然に腕を捻られる。
「お子様王子。ようちゃんにぴったし」
寛太朗はエナジーゼリーを吸いながら言った。
「んだよっ、それっ」
「俺が名付けた」
然が腕を捻りながら笑う。
「謝ったら離してやる」
「あー、しゅみませんでちたぁ」
「かっるっ」
「ふざけやがって。ガキがっ」
ギュウ、ときつく腕を捻られ
「痛てーってっ。ゼンッ、これ体罰ーっ」
と叫ぶ理貴に寛太朗は爆笑した。
「寛っ。明日さ、親父の会社のドレス新作発表会がホテルであって俺、手伝いに行かなきゃなんないんだけどお前も来いよ。バイト代、結構もらえるし一緒なら楽しいじゃん。昼と夜、ホテルの飯つき。すげーおいしいバイトだろ?」
帰り際に理貴が嬉しそうに駆け寄って来る。
「明日?あー、悪ぃ、明日用事あるんだわ」
明日は美己男の腕の抜糸で病院に行かなくてはならない。順調に傷が塞がって思っていたほどひどくはならなかったが、気になるので明日は付き添うことにしたのだ。
怪我をした日、昼間にあんな態度を取らなければ美己男は怪我をしなかったかもしれない、という思いがどうしても拭いきれず罪悪感を感じているままだ。
「え?なんだよ、お前、もうバイトやめたんだろ?1日ぐらい、いいじゃん。付き合えよ。俺、1人で行くの嫌なんだよ。な?一緒に行こうぜー」
理貴がグイグイと肘を引っ張る。
「明日はほんと無理だ。前から入れてた予定で変更できない。悪いな」
寛太朗がそう言うと理貴の顔からサッと表情が消えた。
「ふーん、そうかよ。分かった。じゃ、いい」
冷たい声でそう言うと背を向け教室を出て行ってしまう。詳しく言わなかったことで却って美己男に関わることだとバレてしまった。モヤモヤと気持ちを燻ぶらせ、寛太朗は理貴が閉めたドアを見つめるしかなかった。
「お兄さん、一緒に診察室に入って付き添ってもらえますか」
美己男が1人で大丈夫、と診察室に入って行ったがすぐに看護師が出てきて声をかけられた。
「はい」
診察室に入ってみると美己男が額に玉の汗を浮かべて青い顔をしている。
「どうかしましたか?」
慌てて尋ねると
「弟さん、糸を抜くときの感触が苦手みたいで、緊張してしまって」
と看護師が腕を押さえながら苦笑いした。
「なんだ、1人で大丈夫って言ったろ」
「ごめんなさい、寛ちゃん」
青白い顔でこちらを見る美己男の頭を抱え自分の腹に押し付けた。頭のてっぺんからムワッと温かい空気が漂ってくる。美己男が腰にしがみついた。
「そのまま、少し肩を押さえていて下さい」
パチンと糸を切り、抜き取ると美己男が体をビクリと縮ませる。
「おい、動くなって」
「ごめん、でも、虫がいるみたいで気持ち悪い・・」
「すぐ終わりますから」
医師は手早く糸を切り、抜き取っていった。
「はい、終わりです。お疲れさまでした」
「みー、終わったよ。頭あっつ。小学生かよ」
腹に顔を埋めて汗をかいた美己男の頭をゴシゴシと撫でる。
医師と看護師に笑われながら診察室を出て疲れた様子の美己男を待合室の椅子に座らせた。
「お前、よくそれで1人で大丈夫って言ったな」
寛太朗は笑いながら自販機で買った水を渡した。
「ありがと。だってあんなに気持ち悪いと思わなかったから」
「昼飯、何食いたい?ご褒美におごってやる」
「マジで、やった。じゃあ、牛丼。テイクアウトして寛ちゃんちで食べたい」
「お、いいね、牛丼」
「温泉卵つけて」
「みーのくせに贅沢。俺もつけよ」
うん、と美己男がようやくえくぼを見せた。
「ね、寛ちゃん、しよ」
牛丼を食べ終わり洗い物をしている寛太朗の後ろから美己男が長い腕で絡まるように抱きついてきた。
美己男はいつも、したい、でも、して欲しいでもなく、しよ、と言ってくる。まるでこちらがしたくてたまらないのを分かっているかのようでいつも気持ちが熱くなってしまう。
「今日はダメだよ。抜糸したばっかりなんだから」
んー、と言いながら美己男が肩に頭をグイグイと押し付けてくるのを寛太朗は振り向いて腰を引き寄せ顔を覗き込んだ。
「ヤダ」
「さっきまで青い顔してたろ」
「だからご褒美」
「じゃあ、擦ってやるから。それで今日は我慢しな」
寛太朗は美己男の下着の中に手を入れて尻を掴む。
コクリと頷きながら美己男が嬉しそうに小鼻を膨らませるのを見て寛太朗は笑った。
「んー?何?」
美己男が頬に鼻を押し付けてくる。
「いや、何でもない」
美己男の薄い唇を挟んで舐めた。
「ここで?ベッドで?」
「あ、ベッド。立ってるの無理」
美己男の腰がすぐに崩れそうになるのを引き上げベッドに向かう。
寛太朗はヘッドボードに背をもたせかけて美己男を背中から抱きしめた。
「ほら、出しな」
美己男の耳を舐めながら囁くと美己男がズボンと下着を脱ぎ捨てた。
「もっと膝開いて、見せろよ」
寛太朗は美己男の膝を掴んでグッと広げた。美己男のモノが腹につきそうなほど勃ち上がっていて、内腿が白く眩しく光る。シャツも脱がせて白い肌を撫でた。
「みーはほんとにエロいなぁ」
寛太朗は疼く腰を押しつけながら美己男のモノをしごき始めた。
「あっ、ああっ」
美己男はユサユサと腰を揺らし、首にしがみついてくる。寛太朗は美己男の肩に顎を埋めて強く腰を抱きかかえた。
「みー。すげー熱い」
熱く膨張する先から透明の液がトクトクと溢れる。
「カウパー、溢れまくり」
寛太朗がその液を親指で撫でまわすと
「ああっ、寛ちゃんっ。やだっ」
と声を上げ腰をくねらせた。
「みーはいっつもヤダヤダ、言うなぁ。こんなに濡れてんのに。嫌なの?いいの?」
「んん、いいよぉ。すごくっ」
と泣き出す。
寛太朗が細い指で先の穴をコリコリと掻くと、ビクリと美己男の体が跳ねた。
「やだぁ、寛ちゃん。寛ちゃん。出ちゃう、それ、出ちゃうからっ。だめぇ」
「待てって。もうちょい、がんばれ」
激しい反応に寛太朗の血も沸騰寸前だ。
耳のピアスを口に含みながら、指先で穴をさらに広げて掻いた瞬間
「ああんっ、だめっ」
と叫んで美己男がギュウッと体を反らせると白い液を飛ばした。
「あ、バカ。待てって」
「んー、ごめんなさい。無理、無理ぃ」
美己男がブルブルと寛太朗の腕の中で震える。
「やっぱり挿れてぇ、寛ちゃん。お願い」
唇に吸い付いて腰を上げ、寛太朗のモノに擦り付けてくる。
「クソッ。煽りやがって。こっちも我慢の限界」
急いでコンドームを嵌めると後ろから美己男の中に挿入 っていった。
「あー、みー。もっと、腰、落として」
腰を引き寄せる。
「寛ちゃん、気持ちいっ。んっ。好きぃ」
「俺にもたれて。突きたい」
美己男を胸に抱きよせて奥までずっぽりと嵌めた。
「あ、また、イク」
腕にしがみついている美己男の腹がヒクヒクと震え、喉から胸元にかけて白い肌がみるみる赤く染まっていく。
「待って、今っ、ヤバいっ」
もしかして、これ
「みー?中イキしてる?」
美己男の中がギュッと締まり寛太朗を包み込んだ。
「あ・・。多分」
返事をするのもやっとだ。
「初めて?」
んー、と息を漏らした。ビクビクと痙攣する美己男の体を強く抱きしめる。
「寛ちゃん、きて、奥っ」
美己男の囁き声で寛太朗はグリグリと腰を押し付け奥を撫で回した。
「出すよ、みー」
思い切り突き上げる。
「ああ、寛ちゃん。すごいよぅ」
美己男が叫んで、寛太朗も最後に擦りあげ強く突いて決壊した。ドクリと美己男の中で弾けて蕩ける。ギュウと熱い体の美己男を抱きしめそのまま、ドクドクと中に射精し続けた。
ぐったりと甘い虚脱感に囚われながらもたれかかっている美己男の白い首筋に唇を寄せる。
「みー、ピアスはいいけど、タトゥーは入れるなよ」
寛太朗は美己男の汗ばんだ白い肌を撫でながら言った。
「何で?」
「お前の肌、白くて綺麗だからもったいない。今日、中イキする時肌が赤くなってくの見てすげー興奮した」
「んふ、わかった。中イキ、初めてしちゃった。寛ちゃんは?気持ち良かった?」
「ん、すごかった」
「そっか、嬉しいな」
美己男の声が合わせた肌にトロリと零れる。
「なぁ、それより、みー。知愛子さん、大丈夫なのか?なんか、ずいぶん雰囲気変わってて驚いた」
寛太朗はずっと気になっていたことを訊いた。
「あー、あの人、今、最悪」
美己男がゴソゴソと腕の中で横向きになり、寛太朗の腕の中に丸まってすっぽりと収まる。
「前に結婚したがってるって言ってたじゃん?結局、その人とも別れちゃってさぁ。それからもう、何にもできなくなっちゃった。あちこちで借金して飲んだくれてる」
寛太朗はため息をつく。
「お前さぁ、いつまで母親を待つつもり?もういいだろ。早く捨てろよ。卒業までここで一緒に暮らすか?バイトしてるんなら自分の飯代くらいはなんとかなるだろ?」
「ありがと、寛ちゃん。そうしたいけど、あの人、1人じゃいられない人だから」
「1人じゃいられないって、お前がいっつも置いて行かれてたんだろうが。コンビニに置いてかれて泣きながら帰って来たの忘れたの?」
寛太朗は呆れて言った。
「俺はいつも寛ちゃんがいてくれるもん。今日も来てくれたし」
「あー、今日はその怪我、俺にも責任があるから」
寛太朗は美己男の頭に唇を寄せて言った。
「え?何?何で。寛ちゃんに責任なんかないって」
美己男が驚いた顔で見上げる。
「あの日、昼間ちょっと、俺、屋上でお前にキツく当たって・・。だからその後、お前、集中できなかったんじゃないかと思ってさ。あんな態度取らなきゃ怪我しなかったかも」
「そんなわけないじゃん。寛ちゃん、あの日、俺に怒ってた?馨さんのこと?それとも俺、なんかまたバカなこと言った?」
「あー、怒ってたっていうか、まぁ」
美己男が寛太朗の眸 を見つめる。
「俺、寛ちゃんのことがずっと好きだよ。先生のことも好きになったけど、その前から寛ちゃんのことが好き。初恋も初チューも寛ちゃんだもん」
寛太朗は美己男の額に鼻を摺り寄せた。
「悪かったよ。お前の話聞いてなんか色々、腹がたったつーか、八つ当たりみたいになっちゃって。その後、あんなことになってすげー後悔した」
「寛ちゃんのせいじゃないってば。俺がノロいからだよ。大型機械もずっと怖かったし」
「そっか。そうだ、思い出した。俺のファーストキス、お前に奪われたんだった。あの日お前、歯磨いてなかっただろ。イチゴ牛乳の味がした」
「あは、バレた」
そう言う美己男に笑いながら寛太朗は美己男の体温を腕の中に閉じ込めるようにしてギュッと強く抱きしめた。
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