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高校3年 卒業式
「理貴からなんか連絡あった?」
卒業式が終わって食堂で寛太朗は然と缶コーヒーを飲みながらワイワイと楽しそうに自撮りをしている生徒たちを眺めた。
「いや、何も。美己男君からは?」
然が聞く。
「いや、何も。」
美己男がいなくなってから、施設やアルバイト先に美己男の行き先を知っている人がいないか聞き回ってみたが、結局何もわからなかった。
「理貴はもう忘れちゃってんじゃないか?俺らの事なんか。」
寛太朗は笑って言った。
「理貴はそうかもな。楽しくやってそうだよな。卒業式におめでとうの一言もない
ぐらいに。」
「理貴らしいわ。そのほうが。」
然が声を出して笑った。
「美己男君は、どうしてるんだろうな。心配だな。」
然が気遣うように言う。
「どうかな、あいつも意外とどっかで大事にされてるのかも、中学ん時みたいに。」
寛太朗はぼんやりとそう言った。
「そのうち連絡くるよ。」
「どうかな。俺が追い詰めたからな、理貴も美己男も。二人とも俺には連絡なんてしたく
ないんじゃないかな。美己男には俺か母親か選べって迫ったようなもんだし。」
「寛が追い詰めたわけじゃないよ。」
「俺さ、子供の頃、母親に置いて行かれて泣き叫ぶ美己男の事バカだな、って思ってたん
だよ。そんなクソ親、早く捨てればいいのにって。でも、自分が選ばれないって、こんなに
つらいんだな、って今になってわかった。もう遅いけど。」
「寛が美己男君の事を大事に思っているのと同じくらい美己男君も寛の事、大事に思ってるんじゃないのか?お前に迷惑かけたくなかったんだと思う。」
「迷惑か。なんかそんな話もしたなぁ。本当に相手が良い人ならちゃんと相談できるんじゃ
ないか、とか何とか偉そうに言った気がする。今、全部自分に返ってきてるよ。
しょうがない、然が前に言ってた通り、ずっと変わらないなんてこと無理だもんな。」
「まあな。でも悪い方にって意味で言ったんじゃないぜ。」
然が困ったように言う顔に寛太朗は笑った。
「お前、ほんと真っすぐだな。色々ありがとな。然がいてくれたからここまでやってこれた。一人じゃ乗り越えられなかったと思う。
じゃあ、そろそろ行くわ。引っ越しの準備しないと。」
そう言って寛太朗は立ち上がった。
寛太朗も然も国立大学に合格して地元を離れそれぞれ一人暮らしを始める。
「おお、またな。連絡する。」
然が手を挙げた。
食堂を出ると、工業科の張間が寛太朗を待っていた。
藍田君、卒業おめでとうございます。それに大学合格もおめでとう。」
「ありがとうございます。」
寛太朗は張間に頭を下げた。
「少し、お話できますか。」
張間に促され、外のベンチに座った。
「あれから、尾縣君から連絡は?」
寛太朗は首を横に振った。
「そうですか。僕もあれから少し尾縣君の事を探してみたんですが、行方はわかりません
でした。」
張間は静かにそう言った。
寛太朗は驚いた。
「探したんですか?美己男の事?」
「ええ、まぁ、気になりましたから。それにしても、藍田君は本当によく頑張りましたねぇ。君のことも心配しましたが、大学にも受かって本当に良かったです。」
張間は眩しそうに寛太朗を見た。
「ありがとうございます。それで、美己男のこと、何か分かったことはあったんですか?」
寛太朗は聞いた。
「ほとんど何も。お金に困っていたようで、3年生になって学費が支払われていませんでした。保険にも入っていなかったので、ケガの治療費の給付金も受け取れなかったようです。」
「ああ。」
「恐らく、学費を払うことも保険料を払うことも困難になっていたのでしょう。
夜逃げ同然で出て行かざるをえなかったんじゃないでしょうか。」
張間は残念そうにそう言った。
「俺、知ってました。あいつの母親、借金してるって美己男から聞いてたんです。
いなくなってから家に行った時に、金融会社からの封筒がたくさんポストに残っていて。
美己男の名前できていたのもあって。」
美己男が話をしてくれた時に何で無理矢理にでも家に連れてこなかったんだろう
何であいつを連れて逃げなかったんだろう
「知ってて、俺、何もしなかった。」
寛太朗は俯いた。
「それで良かったんです。これは大人が解決しなくてはいけないことでした。
それに関して本当に残念です。」
張間が声を落とす。
「結局捨てられたのは俺のほうでした。」
寛太朗はそう呟いた。
「そうじゃありません。藍田君は尾縣君を守るために何でもしてしまうと分かっていたん
ですよ。だけどそれだけはさせたくなかったんです。」
張間の声が耳に優しく響く。
もし、自分に、美己男に張間のような父親がいれば少しは何かが変わっていただろうか
そう思いながら寛太朗は張間に頭を下げた。
「藍田君はしっかりと自分の人生を生きて下さい。それがいつか尾縣君を救うことになるはずです。卒業、ほんとにおめでとう。」
最後に張間の大きな手と握手をして、寛太朗は頭を下げた。
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